画像内文字情報 | ー |
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解説 |
『南城市の御嶽』掲載資料。国道331号沿いの外間毛[フカマモー]にある殿。殿の屋根は2012年の台風の際に崩壊した。現在、その屋根瓦(赤瓦やセメント瓦)は殿敷地内に並べて置かれている。外間ムラの創始者、外間子[フカマシー]の屋敷跡といわれている。敷地内には他に祠が3つある。 『由来記』巻13-292には「外間之殿」とあり、「稲ニ祭之時、シロマシ・神酒ニ宛(百姓)、供レ之。外間巫祭祀也。白米六合宛、百姓ヨリ巫へ遣也。且、祭前日晩ヨリ祭ノ日朝迄、巫壱人・根神壱人・居神七人ヘ百姓ヨリ一汁一菜ニテ賄仕也。」とあり、稲初穂祭、稲大祭の両ウマチーの際に百姓からシロマシと神酒が供出されていたことが分かる。また。五月・六月ウマチーでは、「馬三頭が準備される。鞍を乗せ、鞍にはノロ、ニーッチュ、ニーガンが乗ったといわれる。馬は神を乗せるので、すぐ汗をかいたといわれる。「ウマチー」に使われた鞍は三日間は、はずさないでいたという。シムから外間殿まで馬の主がウマンザをつとめ、手綱をとった。外間殿の前に来ると歩調をゆるめ、所定の場所で拝みの終わるまで待っている。カミンチュは朝神、夕神といって二回、神に豊作と健康を祈願」したという。 現在は、5月15日の五月ウマチー、6月25日のアミシの時に字の役員、有志で参拝している。 ※拝所のなかには、私有地に位置するものもあります。無許可での立ち入りや迷惑行為は慎んでいただくようにお願いします。 |
大分類 | 写真 |
小分類 | デジタルデータ |
資料コード | 000000 |
内容コード | C000005870 |
点数 | 1 |
資料群 | 『南城市の御嶽』関連資料 |
資料グループ | ー |
年代区分 | 2010年代 |
キーワード | ウタキ文化財市町村史 |
場所 | 佐敷-外間 |
撮影年月日 | 2012/10/21 |
責任表示 | 南城市教育委員会 |
出典 | 南城市教育委員会(編) 2018 『南城市の御嶽』南城市教育委員会 |
公開日 | 2023/05/12 |