| 画像内文字情報 | ー |
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| 解説 |
『南城市の御嶽』掲載資料。 別称、手登根大親[ティドゥクンウフヤ]。集落南東の山中にある古墓。この一帯は「フナクブ」と呼ばれている。手登根大比屋は、尚巴志の孫で中国(当時は「明」)へ行き貿易に貢献したという。『おもろさうし』巻14-1018に、手登根大屋子という人物が中国(原文は「たう」。唐のことか)との交易を拓き、日本中にその名を轟かせたというオモロがある。この手登根大屋子と手登根大比屋が同一人物であるという確証はない。子孫代々で襲名し、その過程で表記が変化した可能性がある。手登根大比屋は怪力の持ち主でもあり、フッチャー石(集落西方の畑地の中にある大石)を、アカバンター(集落の南東方にある山)から投げたという伝承がある。 ※拝所のなかには、私有地に位置するものもあります。無許可での立ち入りや迷惑行為は慎んでいただくようにお願いします。 |
| 大分類 | 写真 |
| 小分類 | デジタルデータ |
| 資料コード | 000000 |
| 内容コード | C000005775 |
| 点数 | 1 |
| 資料群 | 『南城市の御嶽』関連資料 |
| 資料グループ | ー |
| 年代区分 | 2010年代 |
| キーワード | ウタキ文化財市町村史 |
| 場所 | 佐敷-手登根 |
| 撮影年月日 | 2011/12/25 |
| 責任表示 | 南城市教育委員会 |
| 出典 | 南城市教育委員会(編) 2018 『南城市の御嶽』南城市教育委員会 |
| 公開日 | 2023/03/03 |