シェアする
【レポート】2024年「戦争体験証言を用いた教材開発ワークショップ」
●普段は漁師。防衛隊として招集される。目の前で壕が爆破されたり、人が死んだりといった体験の中で生き延びる。●同じ久高島の仲間が数人おり、その仲間と逃げて捕虜になる
●捕虜になったあと、久高島に帰ると決めたこと●捕虜になって命は助かったはずなのに、なぜ危険を冒してまで久高に戻ろうと思ったのか。●そのまま捕虜として残れば、無事に過ごせる可能性がある。●久高に戻るとなると、撃たれる可能性もある。
Q.内間さんの証言には戦場体験がいっぱいあるが、あえて戦場後に着目しているのがおもしろい。戦場の体験を使わず、この場面を選んだ理由、ねらいは?(山口氏)A.講師の山城氏から「防衛隊は戦場で日本軍がいなければ、すぐ逃げる性質があった」と聞いた。それを聞き、沖縄の人と本土の人では、戦争に対する気持ちが若干違うと感じた。「自分の生まれた土地で死にたい」という思いもありつつ、「生き残りたい」という気持ちもあったと思う。 内間さんは捕虜になる直前まで(最初の赤線部分)、生き残るために摩文仁から泳いで、あちこち逃げて、その中で仲間のうちの一人が首を撃たれてしまう。このときの気持ちは「とにかく逃げよう」と思っていた。だが、捕虜になったあと久高に戻ろうとする。戦争を体験して、「生き残りたい」という気持ちから「捕虜になって安心した」のではなく、なぜ殺されるかもしれない危険を冒してまで久高に戻ろうとしたのか。その部分が気になったのでそこをポイントにした。(発表者)
ワークシート[PDF]/[Word]※制作されたワークシートを基に事務局がデータ化
用いた証言内間新三さん(知念・久高)
書籍:『なんじょう歴史文化保存継承事業 年報 令和6年度』6頁~18頁 掲載
テキスト:準備中