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【南城市の戦後産業調査レポート 2】株式会社 なかむら食品

2025年度 沖縄国際大学経済学部経済学科 専門演習 ~南城市の戦後産業調査~
琉球王国時代の沖縄では、今の中国から伝わったものも含め、健康にいい食材や食品が数多くありました。しかし残念なことに、琉球王国の廃止や西洋医学の普及等に加え、時代の流れと現代の伝統食離れにより、今日ではそれらの食材や食品を知っている人・実際に食べている人が少なくなっています。
私たちは、沖縄の素材(クミスクチン、ウコン、グァバなど)を活用した健康食品を50年以上にわたり作り続けてきた農業生産法人(株)仲善さんに注目しました。同社を訪れ、営業統括部長の宮城直樹さんにお話を伺いました。
―事業概要
株式会社仲善は、1968年に沖縄の健康素材を加工して販売する会社として設立されました。創業者の「皆さまの健康に少しでもお役に立ちたい」という思いのもと、今日に至るまで活動してきました。創業当初のクミスクチンの販売から始まり、その後、ウコンやグァバなどの健康素材を活用した商品の開発、販売へと事業拡大しました。現在では150種類以上の自社商品を開発、販売しています。
―創業の経緯
仲善創業のきっかけは、創業者である仲本勝男さんの闘病経験でした。仲本さんは、高校を卒業後、自動車メーカーで営業の仕事をするかたわら、労働組合の委員長も務めていました。20代後半の頃は大変な時期で、過労とストレス、10代の頃に痛めた古傷が重なり、腎臓の病を患い、つらい入院生活を送っていたそうです。入退院を繰り返していた頃、腎臓にいいとされるクミスクチンという薬草を配合したお茶を飲んだところ、じわじわと腎臓に効いてくる経験をしました。その経験をもとに、この感動を同じ悩みをもった人たちに伝えたいと思い、創業に至りました。クミスクチンはシソ科のお茶で、利尿作用があり、腎臓関係に効果があります。仲本さんは仲善を立ち上げてクミスクチンの販売を始め、後にはウコンや、グァバへと取扱いを拡大していきました。
―ウコン市場を開拓
健康素材のうち最も代表的であるものの一つがウコンで、今日では全国のコンビニやドラッグストアなどで販売されており、ウコンドリンク一つとっても市場規模は50億円を超えると見られます。このウコンに最初に着目し商品化したのが、仲善でした。ウコンは日本でも平安時代中期には、染料や生薬として知られていました。琉球王国時代の沖縄では、重要な交易品であったことから、専売制が敷かれていました。当時ウコンを栽培していた場所が現在の南城市、その当時は知念間切、佐敷間切と呼ばれていたところでした。現在、知念城跡の近くに「鬱金(ウッチン)発祥之地」と彫られた石碑が立っています。
仲善は、そのようなウコンを「うっちん」(沖縄方言でウコン)として商標登録し、56年前から販売しています。しかし、当初は、本土ではウコン自体の知名度が低かったこと、商品名が方言のため全然通じなかったこと、沖縄の素材の情報が全国に知られていなかったことなどで、販売は苦戦したそうです。
当初はウコンを生の状態のウコンで販売していましたが、なかなか観光客の目に留まりませんでした。そこで、次はスライスにして、次は乾燥させてスライスして、粉末にして、固めて錠剤にして…と、消費者のニーズに合わせて販売方法を変えていきました。宮城さんが入社した20年ほど前には、お土産として空港などでウコンのお茶として販売していました。
―コロナ禍の影響
2020年からのコロナ禍によって、仲善の事業は大きく変化しました。特に影響が大きかったのは、仲善が経営していたアジアン・ハーブレストラン「カフェくるくま」(現在は閉店)です。
「カフェくるくま」には、コロナ前まで年間12万人くらい来店がありました。2001年にオープンした当初は本土からの観光客が7割を占め、残りは主に県民でしたが、コロナ禍前には、外国からの観光客が来店客の7割を占めるようになっていました。特に、台湾や韓国からのインバウンドで訪れる方が多く、コロナ禍前にそれらの地域・国との間の飛行機の便数が増えて飛行機代も安くなったことが関係していたと思われます。
ところが、コロナ禍による緊急事態宣言や外出自粛、飛行機の減便などによって、観光客が激減し、「カフェくるくま」も売上が低迷しました。今でも回復せず、コロナ前の半分程度の年間6万人の来客にとどまっています。
―今後の展望
仲善では、今後の事業展望について、これまで中心的な販売商品であったウコンを自社栽培にして、生産・加工・販売まで手掛けていくことを考えています。ウコンだけでなく野菜も含めて農薬などを使わず栽培し、「カフェくるくま」で使用したり営業先のファーマーズマーケットや道の駅でも販売したり、また、インターネットでの通信販売も検討しています。
また、地域の農産物や魚介類などを販売する道の駅のような施設で温泉やキャンプ場も併設しているところが岐阜県にあり、仲善はそこをモデルにしています。例えばノニ茶を作る際に出るノニの種や皮などの副産物を利用して豚の飼育に活用し、さらにその豚肉を「カフェくるくま」のカレーで用いています。また、ノニ豚を使ったしゃぶしゃぶセットやソーセージ、チャーシューも販売しています。ソーセージに入っている島唐辛子も仲善が作ったものです。マンゴーやスイカなど栽培している他の農家とも連携して、販売できないようなものをスムージーにして、さらに仲善のウコンやグァバの葉、薬草などを入れた製品なども作れないか考えています。
そのほかにも、ライチの栽培や県産茶葉の生産にも意欲があります。
今回、私たちは仲善の歴史や創業までの経緯・仕事を行う上での企業理念などについて詳しく伺いました。仲善には、創業者の仲本勝男氏の肝臓を患い「クミスクチン」と出会い治った経験から色々な人に健康食材を届けたいという気持ちがあります。このような背景がある仲善は「健康食品や自社の施設を活かした事業を通して、健康と人々の笑顔あふれる社会づくりに貢献する」「社員と社会に健康と笑顔を提供する企業」といった企業理念を掲げ自分たちの事業で多くの人に幸せに笑顔にすることを一番に考えてこれまで色々な商品開発や事業拡大に取り組んできたとわかりました。実際に話を伺った宮城さんが「お客様の声を常に聞きそれを落とし込んで形に変えていくことは大事にしている」とおっしゃっていたようにお客様のことを一番に考えている素敵な会社でした。
これからの仲善は今使っている素材を自社栽培に切り替えていきたいと話をしてくれました。実際にノニを使った後の種や皮を使い豚の飼料にする取り組みをしてその飼料で育った豚も商品として扱っています。仲善さんの会社のスペースを使い規模は大きくないものの沖縄で育てられそうな素材を自分たちで実際に育てていました。沖縄の温暖な気候や気温を活かし色々な素材を育て沖縄県内外にその魅力を広く伝えたいという気持ちがとても強く伝わって来ました。沖縄県内外に沖縄の素材を使った健康食材や商品を伝えてきた仲善さんは多くの人々を笑顔にし、これからの健康で元気な社会を作っていくための大きな意味を持つ会社であると感じました。
最後になりますが、本調査に関わってくれた農業生産法人(株)仲善・取材に応じてくれた宮城さんにはとても貴重なお話・お時間を使ってくださったことをこの場を借りて厚くお礼申し上げます。
への聞き取り調査風景(2025年撮影).jpg)