キャプション | 「沖縄戦後の土帝君祠落成」前列右から二番目は瀬底正盛氏・津波元八氏・森田松夫区長。1955年1月。(Photo瀬底正昭) |
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解説 |
・以前の土帝君は戦争で消滅してしまった。1955年なのは、終戦から10年が経ち、生活にも余裕ができたから。この土帝君は三代目。 ・土帝君は農業の神様を祀るが、津波古の場合は戦前も戦後もクサティ森で、集落の安心安全を見守っている。 ・瀬底正盛氏は土帝君建設の功労者、津波元八氏は当時の佐敷村長、森田松夫氏は当時の津波古区長。 ・この写真にはお偉方や津波古区の有志が写っているが、実際にこの方々が造築したなど、複数の説がある。 ・土帝君の上に電柱が見える。1925年、佐敷村内では津波古が最も早く電気が通った。 ・赤瓦は与那原で作られたもの。首里城に匹敵するという思いを込めて立派な赤瓦にした。 ・当時の正装は背広だった。中列の右から3番目、ジャケットのポケットに手を突っ込んでいる男性は、背広の上に作業着を着ている。 ・当時は男性が表に出るという風潮があり、女性はこういう場にはおらず家を切り盛りするのが普通だった。 ・この土帝君がある下の広場では祭りや闘牛をおこなった。 【調査・執筆:山城咲和(珊瑚舎スコーレ)】 |
大分類 | 写真 |
小分類 | デジタルデータ |
資料コード | 000000 |
内容コード | C000002410 |
点数 | 1 |
資料群 | ー |
資料タイトル | ー |
年代区分 | 1950年代 |
キーワード | 集合写真文化財建造物 |
場所 | 佐敷-津波古 |
撮影年月日 | 1955/01/ |
責任表示 | 南城市教育委員会 |
出典 | 津波古字誌編集委員会(編) 2012 『津波古字誌』字津波古自治会. |
情報登録日 | 2022/03/01 |