| 画像内文字情報 | 1969.8.3/琉米親善日 |
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| 解説 |
玉城村親慶原にあった米軍施設、CSG(Composite Service Group : 陸軍混成サービス群地区)内で行われた、米軍関係者と地域住民との交流会。 当時、CSGでは近隣の玉城村、知念村、佐敷村などの住民が従業員として働いていた。米軍側と三か村との間では「米琉親善委員会」が設置され、交流事業が行われた。米軍側は重機の貸与、不用物資の払い下げ、中古車の譲渡から、各村の学校に米軍関係者の家族が訪れ英会話の指導なども行った。 交流会の写真が収められたアルバムは、CSG側から地域住民もしくは村へ贈られたもののようである。 アルバムの冒頭には以下の文言が記されたレターが一枚綴られている。 *** 「米琉親善日 1969年8月3日 第5回年次米琉親善日を成功裡に催させることができたCSGの沖縄人従業員ならびに友達の協力及び参加に対して我々の感謝のしるしとしておくる.」 「RYUKYUAN-AMERICAN FRIENDSHIP DAY 3 AUGUST 1969 PRESENTED AS A TOKEN OF OUR APPRECIATION TO THE OKINAWAN EMPLOYEES AND FRIENDS OF CSG WHOSE HELP AND PARTICIPATION GUARANTEED THE SUCCESS OF THE FIFTH ANNUAL RYUKYUAN-AMERICAN FRIENDSHIP DAY.」 *** なお、1971年6月、CIA(米中央情報局)の非通常戦争(秘密工作)基地であることが、ニューヨーク・タイムズ紙の報道で明らかとなった。 1972年5月15日の日本復帰後には部隊は撤退。施設は1974年10月15日に全部返還された。現在同敷地はゴルフ場となっている。 参考文献 ・『玉城村誌』623頁「米琉親善委員会」 ・『南城市史総合版(通史)』307頁「南城市の基地返還」 [キャンプ知念/知念補給地区/米琉親善委員会/琉米親善/琉球ゴルフ倶楽部/仲村渠二区/仲村渠2区] ※南城市では内容が酷似したアルバムを2冊(資料コード:3839、3840)所蔵しており、どちらも全く同じ作りで、冒頭のレターも同文である。綴られている写真もほとんどが共通しているが、一部のページにおいて写真の有無に差異がある。 |
| 大分類 | 写真 |
| 小分類 | 写真(プリント) |
| 資料コード | 003839 |
| 内容コード | A000013028 |
| 点数 | 1 |
| 資料群 | ー |
| 資料グループ | 米琉親善日1969年8月3日 |
| 年代区分 | 1960年代 |
| キーワード | 軍関係施設地域組織式典・催し物 |
| 場所 | 玉城-親慶原 |
| 撮影年月日 | 1969/08/03 |
| 責任表示 | 南城市教育委員会 |
| 出典 | ー |
| 公開日 | 2026/06/05 |