なんじょうデジタルアーカイブ Nanjo Digital Archives

製糖工場

クリックで画像を拡大できます
画像内文字情報
解説 撮影年月日不明。当間。
1958(昭和33)年から1967(昭和42)年にかけて操業された当間区の共同製糖工場。場所は、1983(昭和58)年以降、当間集落センターが建っている場所(2026年8月現在)。

左側の小さい方の建物でサトウキビを圧搾し、絞り汁を右側の建物で炊いていた。当時の子供たちは、右側の建物の手前にある煙突で暖をとったり、黒糖をくっつけて溶かして食べたりして楽しかったという。
それ以前の、馬で砂糖車をひいて、サトウキビの圧搾を行っていた時代には、左端に少しだけ写っている空き地に砂糖車を置いていた。

当間区が1997年に発行した『戦後五十年の歩み 戦前の様子』には、以下の内容の記述がある。
昭和25年に「12馬力の圧搾機を備えた当間区共同製糖工場を設立し、各家毎のサトウキビを圧搾し、各家毎に製糖工場のかま場で黒糖を加工し、那覇市の砂糖販売所に委託販売していた。」
その後、「昭和33年に、琉球政府の補助により、圧搾機40トン、圧搾場の建物、加工場、計量器等を備えた施設として改善され、砂糖の歩留まりを高めるようになった。各農家には、サトウキビの重量に相当する価格が支払われ、加工はプールにして黒糖を生産し委託会社に販売していた。組合組織であり、組合長、書記、会計をおき適正な運営が行われていた。」
「その後砂糖価格が低迷し、小型製糖工場での運営は採算上きびしくなり、昭和42年には、共同製糖工場は解散し、サトウキビは西原村の大型製糖工場に搬入することになり、今日に至っている。」
【参考情報・文献】
写真に付随されたキャプション/2024年度古写真トークイベントでの区民への聞き取り
新垣満雄、新垣行仁 他(編)『戦後五十年の歩み 戦前の様子』沖縄県大里村当間区、城間盛雄、1997、p.24-25

提供者:当間区公民館[新垣徳義(あらかき のりよし)区長]
大分類 写真
小分類 デジタルデータ
資料コード 000000
内容コード C000015849
点数 1
資料群 2024年度古写真トークイベント
資料グループ 古写真トークイベント(当間)
年代区分 不明
キーワード 風景建造物農業労働
場所 大里-当間
撮影年月日
責任表示 南城市教育委員会
出典
公開日 2026/08/06