■日本軍が軍馬を飼育
沖縄戦が始まる以前から、日本軍は知念集落に駐屯(ちゅうとん)していた。日本軍はたくさんの軍馬(ぐんば)を飼育していた。「はな」という兵長(へいちょう)が、よく日本刀(にほんとう)を下げて軍馬に乗り、集落内を闊歩(かっぽ)していた。
■集落内のガマ(自然壕)からヤンバルへ避難
沖縄戦が始まると、初めは自分の屋敷の近くの壕にいたが、危ないと思い、別の壕(アンガーアブ)に移った。そこでは上から絶え間(たえま)なく水滴(すいてき)が落ち、じめじめしていたので、2日でタンチブラーに移った ※1。
タンチブラーで幾日(いくにち)か過ごしていたが、海上からの艦砲射撃(かんぽうしゃげき)が激しくなって身の危険(きけん)を感じるようになった。そのころ、兵隊にタンチブラーを追われ、やむなく家族(祖父母、両親、姉、自分、弟2人)で、歩いてヤンバル(沖縄本島北部)に避難(ひなん)することにした。知念上原(イーバル)(現 南城市)に上がり、アカバンター(南城市佐敷手登根にある高台)から佐敷村手登根(さしきそんてどこん)へ下りて、馬天(ばてん)(現 南城市)、与那原(よなばる)(現 与那原町)を通って、ヤンバルへと向かった。当時、知念集落の多くの人がヤンバルへ移動していた。与那原では電柱(でんちゅう)が倒れ、火がパチパチ燃えていた。
私は当時6歳だったが、病弱(びょうじゃく)で目の不自由な父の手を引いて移動したので大変苦労した。母たちは頭に鍋(なべ)などの荷物を載(の)せて歩いた。また、荷物が多かったので、(荷物を運搬させるために)飼っていたジージーウマグヮー ※2 も引っ張って連れていった。
■石川の民家で集団生活
中城村(なかぐすくそん)を経て石川(いしかわ)(現 うるま市)に着くと、石川橋が壊されていたため、海側を歩いて渡った。
避難中、連れていたジージーウマグヮーを食料の足しにするため、殺して(肉をいくつかに分けて置いていた。しかし、)食べようとしたら、ほとんど盗まれてしまった。
艦砲射撃を避けるため、昼は近くの山に隠れ、夜間に暗い道を歩いて行った。途中で祖父母とはぐれてしまったこともあったが、のちに合流できた。
(その後)ヤンバルで捕虜になった。その後、すぐに家族で石川まで自力で移動させられた。そして、石川の収容所に入り、同郷(どうきょう)の吉田さん一家を含む4家族で、同じ民家でしばらくの間暮らした。学校が近くにあり、私はそこに通って学ぶことができた。健康がすぐれない父を支えながらの避難生活だったが、母がしっかりしていたおかげで家族は何とか困難を凌(しの)ぐことができた。しかし、祖母は石川で亡くなった。
■避難民が住んでいたわが家
石川から知念までは、アメリカ軍のトラックに乗って帰った。知念に着くと、集落が焼け野原状態になっていてびっくりした。うちの屋敷内には避難民(ひなんみん)の16家族が住んでいた。その中には、久高島沖(くだかじまおき)で船が攻撃(こうげき)され、命からがら陸にたどり着いていた奄美大島(あまみおおしま)出身の人(マキという苗字だった)もいた。この人は戦後、奄美大島に帰ったあとも軍作業(ぐんさぎょう)などがある沖縄は稼(かせ)ぎどころであると、たくさんの人を沖縄に連れて来ていた。
避難民の中には幼児を抱えている女性もいた。子どもを抱えては軍作業の仕事ができないということで、彼女は私の母に子どもを預けていた。母はこの子が大きくなるまで育てていたが、学校にも通わせなければならなかったので、苦労した。この子どもは成人したあと、自分の子ども2人を連れてわが家を訪ねてきた。
(2017年 知花幸栄・永吉盛信による聞き取り 構成:山内優希)
■脚注
※1 具志堅さんによると、避難の順番は「自宅近くの壕→タンチブラー(自宅から近かった)→アンガーアブ→タンチブラーに再び戻った」とのこと(2024年事務局聞き取り)。
※2 具志堅さんによると、「馬の品種で通常の馬よりも小柄。当時は農耕用として飼育していた」とのこと(2024年事務局聞き取り)。
| ダウンロード | https://nanjo-archive.jp/wp/wp-content/uploads/2025/02/nanjo-2024pdf.pdf |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 000000 |
| 内容コード | C000015787 |
| 資料群 | 『なんじょう歴史文化保存継承事業年報』関連資料 |
| 資料グループ | 南城市教育委員会文化課『なんじょう歴史文化保存継承事業 年報』南城市教育委員会文化課(2024) |
| ページ | 30-31 |
| 年代区分 | 戦前(昭和)1945~49年 |
| キーワード | 戦争行政子ども学校 |
| 場所 | 知念、佐敷 |
| 発行年月日 | 2025/02/28 |
| 公開日 | 2026/05/22 |