画像内文字情報 | 結婚式(松尾さん)知念高校(親慶原) 写真提供安谷屋正光 |
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解説 |
安谷屋正宗氏より提供。撮影者不明。かつて親慶原にあった知念高校の講堂で中田家と松尾家の結婚式の記念写真。「結婚式(松尾さん)知念高校(親慶原)写真提供安谷屋正光」との記載あり。 写真提供者の安谷屋正宗氏によると、かつて親慶原にあった知念高校の講堂は、村芝居など親慶原の行事でも使用していた。この写真の結婚式は、現在の親慶原6班の方々であるとのこと。また、安谷屋正宗氏によると、7班の皆で料理なども作り、正宗氏の兄は大きなシンメーナービでサーターアンダギーを作る担当だったことを覚えているとのこと。また、安谷屋正宗氏によると新郎の中田氏はCSGに勤務していたとのこと。 結婚とは糸数・古波津・座波(1977)によると「農村では青年男女の交際は割合自由であった。そのため結婚も恋愛によるのが普通であったといわれている。男の親達がいわゆる嫁探しをして適当な者がみつかると、双方の親どおしの相談によって結ばれることもあった(455頁)」とのことである。この写真では知念高校が式場となっているが、その理由として結婚式の簡素化が波及したことが原因の一つとして考えられる。糸数・古波津・座波(1977)では「役所会場、公民館等を利用し、会費制による経費の余りかからぬ新しい方法が行われつつある(458頁)」と言及されている。 *引用文献・・・糸数新一、古波津里光、座波金次郎(1977)「第7章 文化 第4節 風俗習慣 三 冠婚葬祭(イ)結婚」金城繁正編『玉城村誌』玉城村役場 |
大分類 | 写真 |
小分類 | 写真(プリント) |
資料コード | 000000 |
内容コード | A000078068 |
点数 | 1 |
資料群 | 安谷屋正宗コレクション |
資料グループ | ー |
年代区分 | 1945~49年 |
キーワード | 集合写真式典・催し物学校 |
場所 | 玉城-親慶原 |
撮影年月日 | 1947// |
責任表示 | 南城市教育委員会 |
出典 | ー |
公開日 | 2024/09/05 |