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解説 |
『南城市の御嶽』掲載資料。 山里の集落から見て西方に位置する後背地、標高87.9mの地点にある御嶽。集落内道路から山手に入る急な上りの小道(草が生い茂って道の形は見えない)を65m程登ると御嶽の前に出る。ここには2つの祠があるが、右の祠のさらに右側には字山里建立の慰霊塔がある。この小道にはコンクリートを流して路面(幅は1m以上あるか)を確保しているが、それはこの御嶽と慰霊塔への参拝者の便宜の為と目される。小道から左に折れるとすぐにその下の小さな平地に出る。その正面突き当たりに低い石垣が築かれ、その上の左手に祠が見える。祠の手前には踏み分け道が通っている(この道は右の祠、慰霊塔の前に通じる)。祠(幅100cm、奥行き36cm、高さ83cm)は粟石製で、屋根は緩い弧を描き、頂きは棟をかたどって丸く柱状に盛り上げて前後に走らせている。下部は直線となっている。正面間口はほぼ正方形にあいている。祠の中には切り石の香炉(下部の中央部を緩く弧状に削り脚形にしてある)、左の祠から右手(北)5m程度の所に右の祠がある。祠(幅90cm、奥行き30cm、高さ65cm)は粟石製で、こちらは屋根の形が異なっている。2つの石が組み合わされ上面は平坦であるが、下部は弧状となっており、正面間口の形としては上が半円状の方形をなしている。祠の中には左の祠と同型の香炉がある。また、香炉の前には、左上面がけずられたレンガ状の石灰岩がある。 『由来記』巻13-316「ハキシ嶽(神名:コバヅカサノ御イベ)では、「右、山口巫祟所。/右、毎年三・八月、四度御物有祈願也」とある。この「ハシキ嶽」がハジシ御嶽にあたる。『由来記』の表記「ハキシ」は「ハギシ」であり、その「ギ」(gi)音が後の時代に口蓋化して「ジ」(dzi)となったものである。『由来記』によると、毎年3月と8月の「四度御物参り」の王府の祭祀が行われた。また、「戦前まではハジシ山の頂上にある平石で志喜屋、知念、山里などの字からノロにつれられた女がきて、神女になる儀式を行っていた」という。現在は1月1日の旧正月、6月25日の井泉御願[カーウガン]、9月9日の菊酒[チクザキ](健康祈願)、12月24日の解き御願[フトゥチウグヮン]が行われている。なお、右の祠の手前、進入道の右側面に、石灰岩を野面積み風にして湧泉口を守った洞穴状の井泉がある。ハジシ井泉である。野面積みの覆いの間口は50cm足らずのほぼ方形であるが、上方は草が生い茂り、井泉の内部は暗い。 ※拝所のなかには、私有地に位置するものもあります。無許可での立ち入りや迷惑行為は慎んでいただくようにお願いします。 |
大分類 | 写真 |
小分類 | デジタルデータ |
資料コード | 000000 |
内容コード | C000006090 |
点数 | 1 |
資料群 | 『南城市の御嶽』関連資料 |
資料タイトル | ー |
年代区分 | 2010年代 |
キーワード | ウタキ文化財市町村史 |
場所 | 知念-山里 |
撮影年月日 | 2016/08/26 |
責任表示 | 南城市教育委員会 |
出典 | 南城市教育委員会(編) 2018 『南城市の御嶽』南城市教育委員会 |
情報登録日 | 2023/06/30 |