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産業分野別年表 パッションフルーツ(佐敷エリア)

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産業分野別年表 パッションフルーツ(佐敷エリア)
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【南城市の戦後史 産業編】
産業分野別年表

1996年1月16日

佐敷町役場経済課およびJA島尻東と農家約20人が視察研修に参加する。本部町の栽培農家を訪れ栽培方法などを学ぶ。

●1995年12月にも同様の研修が実施された。

1996年3月27日

町商工会(知念温栄会長)が、むらおこし講演会を実施する。講師の野村友次氏はパッションフルーツを活かすための助言を行う。

●同講演会は、商工会が実施している地域特産品等開発推進事業の一環として実施された。これまで町内で開発してきた成果も展示され、パッションフルーツを材料にした特産品「パッシー餅」「パッシーゼリー」「パッシーケーキ」「パッシー漬」も紹介された。講師の野村氏は「もっとぜいたくにパッションフルーツを使っては」「食感を工夫しては」などと具体的なアドバイスを送った。

1998年7月17日

「夏の交通安全愛の情熱(パッション)作戦」が、馬天入口交差点で行われる。

●大勢の関係者が、信号待ちのドライバーに、パッションフルーツを配って交通安全を呼び掛けた。

【コラム】佐敷とパッションフルーツ
ブラジル原産の熱帯果樹であるパッションフルーツは、佐敷町役場と農協(現JA)が、農地の遊休化問題と農家の高齢化による農業離れを解決する目的で導入したものです。1995年に8本の苗を持ち込み、普及がスタートしました。
最初は字手登根に30坪の見本園を設置。栽培を希望する農家を募り、先進地視察や勉強会を重ねるなどを行い、栽培技術を広めていきました。その後、1996年の「さしきまつり」で苗の無料配布を行うなどして、町民への普及に努めてきました。農地の遊休化問題などの解決にパッションフルーツを選んだ主な理由は次の3つです。
① 取引単価が高い(当時、さとうきびに比べ、キロ単価が25倍から75倍の値段で取引されていた)。
② 収穫が楽(実が熟し自然に落下したのを拾うだけ。高齢者や婦女子でも簡単に作業できる)。
③ 栽培が簡単(素人でも少し習えばできる。野菜などに比べ病害虫の防除もあまり必要ない。比較的土地や場所を選ばず露地でも栽培できる。一度植えて6、7年収穫できる)。

 

参考資料:広報さしき 第240号(1997年7月)