大切なモノを捨てて、後悔したことはありませんか? 誰でも、そのような経験があるでしょう。そして、そのような経験を通じて、「自分にとって何が大事なのか」を考えるようになっていったのではないでしょうか。
では、皆さんは、何を残しているでしょうか? 人によって、宝物は異なるでしょうが、日記や手紙、表彰状、家族や友人と撮った写真など、自分のヒストリーを語る上で欠かせないモノが、多いのではないでしょうか。
実は、南城市も、個人と同様、市のヒストリーを語る上で欠かせないモノを残します。どのような資料を重要な歴史資料として長く保存していくべきか、ということを考えて業務に励んでいるのです。
今回は、「何を残すか?」をテーマにして、主に写真資料を例に用いながら、なんじょうデジタルアーカイブの活動状況について説明します。
1.資料保存のためのデジタルアーカイブ
デジタルアーカイブの特長の1つは、半永久的に「デジタル化した時点の姿」を残すことができるということです。3次元のモノは、必ず、いつか朽ちて、資料として利用できないようになります。よって、末永く残すべき資料は、丈夫なうちにデジタル化しなければなりません。デジタルデータは、劣化しません。データの管理さえ適切に行っていけば、資料をデジタル化した時の姿のままで、半永久的に保存することができます。
2.どのような資料をデジタルするべきか?
何を残すかを決める際、まず、次の3つの点をみます。
(1)稀少性
その資料が、稀少性の高いものかどうかをみます。稀少性の高い資料は、次の4つの条件をそろえています。
・ある時期に南城市にだけ存在したものである。
・現在再現ができないものである。
・まだ公開されていないものである。
・ほかの場所で容易に手に入るものではない。
まず、これらが当てはまるかどうかをみます。例えば、聞き取り調査時に記録した話者の語り(カセットテープに録音した音声記録)は、南城市だけが所蔵しているものです。そして、話者が故人となってしまっている場合、その語りを今後再現することは不可能です。よって、この資料は、稀少性が高いと言えます。
(2)劣化状態
原資料の劣化がどの程度進んでいるかをみます。「これ以上劣化が進むと、デジタル化することが困難になる」と判断できた場合、その資料は、優先的にデジタル化しなければなりません。デジタル化が困難なまでに劣化している資料とは、例えば、紙資料であれば、紙を手にしたとたんに紙が破損してしまうというようなものです。カセットテープであれば、テープの強度が落ちてしまって、再生機で再生するとテープが切れてしまうというものです。これらの極度に劣化した資料から、我々は情報を得ることはできません。ですので、これらは、もはや、資料としての価値はほとんどありません。資料の命は、そこにある情報なのです。このように、劣化が極端に進行すると、その資料の歴史的価値はゼロになります。だからこそ資料がそのような状態になる前に、デジタル化して情報を守ることが必要になってくるのです。
(3)歴史資料としての価値
歴史資料として価値が高いかどうかをみます。たとえ、稀少性が高い資料であっても、情報の価値が低い場合、デジタル化をする意味はあまりありません。デジタル化は無料で行えるわけではありません。デジタル化にはコストがかかります。無駄に税金を使うことはできないのです。
3.どのように資料内容の価値判断をするのか?
資料の価値判断をする必要があると上で述べましたが、以下のような内容を持つ資料を、重要な資料と考えています。
(1)生命、財産、権利に関係するもの(戦災調査記録、土地台帳、災害補償関係資料、不服申し立て書、嘆願書など)
(2)南城市または沖縄の歴史の重大な出来事に関わること(沖縄戦関係資料、CSG(キャンプ知念)関連資料、本土復帰関連資料、730関係資料など)
(3)産業・経済に関係すること(農漁畜産業振興関係資料、土地改良事業関係資料、観光振興関係資料など)
(4)インフラに関係すること(上下水道関係資料、道路敷設・改良関係資料、架橋関係資料、港湾工事関係資料など)
(5)インフラ以外の公共政策に関係すること(公共施設建設関係資料、医療・福祉・衛生関係資料など)
(6)民間レベルにおける社会変化に関係すること(店舗・ビジネスの変化に関わる資料、モータリゼーションの影響に関係する資料など)
(7)南城市または沖縄の文化・スポーツ・芸術に関わること(考古学的調査関係資料、拝所関係資料、年中行事関係資料、芸能関係資料、民俗資料、体育大会・運動会関係資料、国際交流関係資料など)
(8)教育に関すること(小中学校舎建設・移転関係資料、学校行事関係資料など)
(9)人の移動に関すること(移民・移住・転出入関係資料、婚姻圏や活動範囲の変化に関わる資料など)
(10)自然・環境・景観に関すること(動植物関係資料、環境保全関係資料など)
(11)褒賞・表彰など個人の功績に関すること(国・県・市町村から表彰された人・地域に貢献した人・際立った業績を残した人に関連する資料など)
(12)天変地異に関すること(台風・旱魃関係資料など)
(13)字・区・自治会の歴史に関すること(公民館建設関係資料、字・区・自治会独自の取り組みに関する資料など)
近代的な高度な人間社会の全貌を明らかにするには、(1)~(13)に関する資料だけでは不十分かもしれませんが、これらの種類の資料が揃っていれば、市町村レベルの歴史を概ね理解することが可能であると考えています。
4.南城市所蔵資料には何があるか?
なんじょうデジタルアーカイブ事業は、教育委員会文化課により実施されていますが、現在デジタル化の対象となっている資料は、主に非現用資料です。非現用資料とは、保存年限が切れた(現役を終えた)資料です。
非現用資料の中でも、歴史的価値のあるものは保存されてきています。現在、所蔵されている非現用資料の多くは、旧四町村(知念村、佐敷町、玉城村、大里村)時代、つまり、南城市が誕生する前に、作成・収集された資料です。文化財の調査事業や町村史編さん事業で作成・収集されてきた資料がそれらの中で大きな位置を占めています。各資料には、資料コード(資料を識別するための番号)が付けられ、「なんじょうデジタルアーカイブ目録」に登録されています。
それらの非現用資料は、写真(プリント)、写真(フィルム)、VHSテープ、8ミリフィルム、カセットテープ、紙などの資料で構成されています。なかでも、写真資料の点数が多く、写真(プリント)と写真(フィルム)を合わせて約5.7万点あります。写真資料が、中軸となっているといっても過言ではありません。
写真資料の内容は充実しています。様々な分野の、様々な光景が記録されてきました。町村の行事、自治会主催の行事、建設現場、街の景観、自然の景色、生業の様子、学校行事、文化財の発掘調査や整備、御嶽などの拝所、公民館など多種多様です。また、稀少性が高く、しかも、先の(1)~(13)に該当する重要なものばかりです。無意味な写真は1枚もないと言ってもよいです。
以下、写真資料に絞って、「公開に対する考え方」や「現状の課題」について説明します。
5.写真資料はどのように公開するか?
極力全数公開する(※1)。これが、なんじょうデジタルアーカイブ事業の基本スタンスです。写真集に出てくるような見栄えのよい写真だけを選んで公開するということはしません。また、写真には通常キャプションがつきますが、キャプションのない写真も公開します。
キャプションについては少し説明が必要です。現在デジタル化済みの写真のほとんどに、キャプションがついていません。撮影した当時、写真一点一点に対してキャプションをつけるという作業がなされていなかったのです。記録写真には、「いつ、どこで、どのような状況で、誰により、どのような目的で撮影されたか」や「被写体はどのような人(モノ)か」などについて文字による説明が必要ですが、充実した説明書きのある写真はほとんどありません。「説明」があればあるほど、記録写真としての価値は高まりますが、多くの写真には、「どのような目的で撮影されたか」(例:●●町史編さん事業における調査)についての情報くらいしかありません。残念ながら、所蔵写真はその点においては満足できるものではないのです。
では、「文字情報が少なく、必ずしも見栄えがよいわけでもない写真」をなぜ公開するのか、という疑問が出てきますが、そうする理由は3つあります。1つ目は、すべての写真に資料価値があるということです。すべての写真は、公務の中で必要があって撮影されたものなので、その意味では、すべて貴重な記録と考えることができるのです。なんじょうデジタルアーカイブでは、見栄え(芸術性)は必要条件ではありません。写真は、資料としての価値があれば、立派な資料として扱われるのです。2つ目は、すべての資料は税金により作られた市民の財産なので、行政側は、物理的に可能な限り全数公開することを目指す責務を負っているということです。3つ目は、文字情報の不足を補うために、市民の方々から情報提供を得たいということです。市民の方々の協力を得るには、閲覧しやすい環境をつくらねばならなりません。そのためには、利便性の高いインターネットで公開することが賢明であると考えたわけです。
6.現状の課題は何か?
ここでは、写真資料の課題についてのみ述べます。結論を述べると、課題とは、「大量にある未整理の写真資料を今後どうするか」です。以下、現状の問題について説明します。
実は、未整理状態の写真資料はまだ大量に存在しています。未整理状態とは、まだ「なんじょうデジタルアーカイブ事業の目録」に登録されていない状態のことを言います。これらの資料の数量は、正確に把握できていませんが、数万点はあると想像できます。
資料価値について述べると、ほぼすべての写真が価値の高いものであるということが言えます。なぜなら、それらの資料の多くは、旧四町村時代に刊行された公報・広報のために撮影された写真だからです。公報・広報は、その時代に起きている様々な重要な出来事ことをバランスよく伝えるものです。よって、公報・広報に掲載する目的で撮影された写真は、すべて、南城市の歴史を伝える重要資料とみなすことが可能です。
しかしながら、これらの貴重な写真は、現在、劣化が急速に進行し、危険な状態にあります。つまり、あと数年間放置しておけば、デジタル化が困難になるような状態になっています。デジタル化ができなければ、画像を半永久に残すことは不可能になります。要するに、このままだと、資料は無価値なものになってしまいます。
資料の大多数はフィルムですが、その多くに、ビネガーシンドロームが発生しています。ビネガーシンドロームとは、熱や湿気の影響でフィルムが酢酸化してしまう現象です。この現象が起きると、フィルムは湾曲し、大量の液を発生させます。最終的には、湾曲がひどくなり、元のフラットの状態に戻らなくなります。そうなると、デジタル化が不可能になります。また、液化がひどくなると、画質が極端に悪くなります。残念なことに、未整理のフィルムの多くは、すでに、一目でわかるほど湾曲しています。また、フィルムは、全表面にわたって液化していて、強烈な酸の臭いを発しています。ビネガーシンドロームが発生すると、その進行を完全に抑えることはできず進行するのみです。資料は一定の時期を過ぎると加速的に劣化していきますが、フィルムは今、その危険な時期に入っています。
ただ、これらの資料をデジタル化するには多くの予算が必要となります。
課題を簡単にまとめると次のようになります。
・数万点もの貴重な写真資料が、急速に劣化していっている。
・それらの写真資料は未整理状態である。
・デジタル化するためには多くの予算が必要となる。
さいごに
「写真一枚は一千語に匹敵する」(A picture is worth a thousand words.)という言葉がありますが、一枚の写真には、それほど多くの情報が含まれています。また、写真はありのままの状態を映し出しているので、正確性という意味でもとても優れた資料です。そのような特長を持つ写真資料は、すべてデジタル化し公開することが理想的です。
現在所蔵されている写真資料は、「デジタル化済み」「デジタル化予定」「デジタル化未定」のものをすべて合わせると、おそらく10万点を超える数量になります。10万点の規模になれば、1つの大きなコレクションと言ってもよいでしょう。
実は、沖縄には、写真資料のみならず、大きなコレクションといえる、まとまった資料が、他道府県と比べると極端に少ないです。それは、沖縄の歴史を思い返せば理解できます。まず、琉球処分(1879年)で琉球王国が沖縄県になった際には、王府の文書は本土の外務省にもっていかれました。同文書は後に内務省に移されましたが、関東大震災(1923年)でほとんどが失われてしまいました(※2)。そして、沖縄戦では、沖縄本島は焦土化し、公文書など多くの貴重な資料は焼失してしまいました。
このような事実を考えると、現在残っている資料を適切に保存して、劣化する前にデジタル化する意味はとても大きいと考えられます。もし、なんじょうデジタルアーカイブ事業の写真コレクションが10万点を超えるものとなれば、これは、沖縄を代表する写真コレクションの1つになるでしょう。
しかしながら、課題は、先に述べた通り山積しています。市民の方々の声に耳を傾けながら、課題を1つひとつ克服していきたいと考えています。ぜひ、皆さまの声をお届け下さい。市民の方々の声が後押しになり、死滅する運命にあった資料が、デジタルデータとなって永遠の命を持つようになるかもしれません。
※1 資料の中には、非公開とするものもあります。それらは、①肖像権を侵害しているもの、②公務と無関係と判断できるもの、③記録価値がまったくないもの(例:ピンボケ写真)などです。すべての写真に対して、公開基準を満たしているかどうかのチェックを行っています。
※2 参照文献:大城将保「県立文書館をつくろう〈中〉」『琉球新報』1952年10月23日朝刊