解説 |
具志頭長毛/1944年4月国民学校高等科卒業/読谷および伊江島での飛行場建設に動員される/海軍関係の鍛冶屋(馬天)に動員され、鎹(かすがい)や岩盤を削岩する工作機械の修理に従事(工作機械は、板良敷や知念で魚雷を格納するための壕を掘るために使用された)/沖縄戦開始直前自宅へ戻る/区長からの依頼で字・村間の連絡要員になる/1945年3月23日港川沖から艦砲射撃開始/字内の壕へ避難/前川の壕(日本軍がつくった機関銃陣地の跡。日本軍が放置)へ移動/玉泉洞内の珍珍洞へ移動(20日ほど滞在)/第24師団(山部隊)が1945年6月4日まで使用していた壕へ移動/ワーガーガマへ移動/20名弱の友軍兵から「この壕は軍が使うから出ていけ」と命じられる(同時に、戦闘のない知念半島へ移動するよう命じられる。しかし、友軍がいるところのほうが安全と思い南部へ移動する)/具志頭村安里の様子(民間人が大勢避難。近辺に壕はない)/真栄平まで南下/艦砲射撃が家族に直撃/摩文仁方面へ移動/3名の友軍兵(青木、木原、末口)とともに行動(海岸づたいに山原を目指す)/港川で捕虜となる/現在の琉球ゴルフ俱楽部のある場所で尋問を受け、民間人と判断され百名の収容所へ移動させられる/皇民化教育 |