発掘調査された村内の遺跡
私達の村内にたくさんの遺跡があるのをご存じですか?知念・玉城村は県内でも古い時代の遺跡が多い所です。 具志腟の化石も出ています。また、志喜屋の熱田原貝塚・久高のシマシヤーマ貝塚は、県内でも有名な遺跡です。これらたくさんの遺跡について調べる方法は、表面に露出している遺物(土器や石器・貝殻や骨など)をみて確かめる方法、 地面を掘りかえして調べる方法などいくつかありますが、後者の方法が「発掘調査」と呼ばれているものです。それでは村内で発掘調査された遺跡をご紹介します。
☆ウージョウ愛跡(具志堅)
この遺跡からは、 終戦直後に鹿化石が見つかっています。また、1985年には発掘調査も行われ、奄美大島で見られる様な土器や貝類・魚骨・獣骨などが出土、その当時奄美との交流があったことを物語っています。
[写真]きれいに露出した御庭(ウナー)部分
☆斎場御嶽(久手堅)
県内随一と言われる聖地である斎場御嶽は、その全体をきれいに整備していこうという目的で、1994年から現在も調査が行われています。石畳道やその造成の跡・排水施設の跡・昔の道などの他に、中国製の陶磁器や玉などが見つかっています。
☆熱田原貝塚(志喜屋)
1957年に調査が行われました。伊波式土器と呼ばれる、今から約3.300年前の土器や貝で作ったペンダントや腕輪などが大量に見つかり、縄文時代後期の熱田原人たちの生活水準の高さに驚かされます。
☆下上原貝塚(知念)
1993年に調査が行われました。大山式土器やカヤウチバンタ式と呼ばれる、縄文時代後期~晩期頃(約3,000~2,500年前)の土器や石器が見つかっています。
[図表]下上原貝塚出土の石斧
☆志喜屋グスク(志喜屋)
1992年に調査された志喜屋グスクからは、グスク土器や中国製の陶磁器などのほか鎧(よろい)の金具も出土し、当時の権力者の存在が確かめられました。
[写真]熱田原貝塚出土の貝製ペンダント
☆カンチャ古島遺跡(志喜屋)
大カンチャと呼ばれる、上志喜屋の拝所一帯に見つかった遺跡で1996年に調査されました。グスク土器や中国製の陶磁器など、17~18世紀を中心とした遺物が見つかっています。
☆シマシヤーマ貝塚(久高)
1956年に調査されました。沖縄貝塚時代後期(弥生~平安時代相当)の遺跡で、土器のほかにも貝製の網錘やブレスレットなどが出土しました。
[図表]知念村地図
| ダウンロード | https://docs.google.com/uc?export=download&id=1rnmgGjQgdzpzgkEQzxRKFSV4y7-ds4Un |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008400 |
| 内容コード | G000000377-0011 |
| 資料群 | 旧知念村広報 |
| 資料グループ | 広報ちねんNo.99(1998年3月) |
| ページ | 6 |
| 年代区分 | 1990年代 |
| キーワード | 広報 |
| 場所 | 知念 |
| 発行年月日 | 1998/03/01 |
| 公開日 | 2026/09/24 |