なんじょうデジタルアーカイブ Nanjo Digital Archives

知念再発見シリーズ⑫(久高島No.2)

地割跡
[写真]地割跡
近世農村地での百姓地の、定期・不定期割り替え制度の名残です。 明治時代に行われた本県の土地整理事業によっても、久高だけは特別に残すことを認められたもので、全国的にも極めて異例のものでした。昔は男子が16歳になると、一定の面積を耕作する権利をもらうことができました。

久高殿(御殿庭・ウドゥンミヤー)
[写真]ウドゥンミヤー
神アシャギ・シラタル殿・バイカンヤーが隣接しています。アシャギの後ろには聖なるイザイ山があり、イザイホーの際にはそこに七つ屋を仮設して籠もりました。ここをウドウンミヤーと呼んでいるのは、かつて国王の久高行幸があった時代この地に御殿が建っていたからです。『球陽』には、「1677年に久高の御殿をこわした」との記録があり、外間殿と同様島の年中行事の主祭場として大切にされている場所です。

外間殿
[写真]外間殿
久高島で普通トゥンと言えば外間殿を指すくらい、島の重要な祭祀場です。以前は外間根家の住宅と同一棟になっていて、一番座がトゥンと言われる祭祀場でした。現在の外間殿には、太陽・月・龍宮など七神を祀ってあり、隣には英祖王統の西威王(せいいおう)が生まれたという産殿跡があります。

久高の方言
頭→ティブン
足→ピサ、ピシャ
手→リヒー
胸→ンニ
腹→ワタ、ワタブトゥ
目→ミー

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大分類 テキスト
資料コード 008393
内容コード G000000370-0014
資料群 旧知念村広報
資料グループ 広報ちねんNo.92(1997年8月)
ページ 7
年代区分 1990年代
キーワード 広報
場所 知念
発行年月日 1997/08/01
公開日 2026/09/24