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宇知念出身
具志堅産光さん
宇志喜屋出身
親川武男さん
字久手堅出身
新垣源一さん
字知名出身
久手堅政蒲さん 家族三名
字志喜屋出身
玉城武三郎さん
わたしは、ブラジル移民八十周年記念並びに沖縄県人会創立五十周年記念式典に出席するため去る九月十四日から十月五日までの二十二日間、プラジルを中心にアルゼンチン、ポリビアベルーの四ヵ国を訪問して来ました。
九月十七日、ブラジル沖縄会館において移住八十周年並びに県人会創立五十周年記念式典が行なわれ、私も出席。式典にはサンバウロ州知事をはじめ名十も出席、会場は県人会の皆さんでうずまっていた。席上、県知事、県議会議長、市長会長、町村会長、町村議会議長に、それぞれ功労賞が大統領、州知事、サンパウロ市長から贈られた。
九月二十日にプラジル知念村人会との懇親会があり、昭和四十八年二月現在の調査で村出身者が九十二名とのことですが、今回は二十名が出席し約三時間に亘る和気アイアイの楽しい会でにぎわった。席上、村長から託された感謝状、御祝儀、村政要覧等を贈呈すると、皆さんは非常に感謝感動され、知念村の状況を知る大事な資料であり、大切にして皆で利用しますとのことでありました。
知念村人は、ブラジル社会のあらゆる分野で活躍しているとのことでした。
まず、サンパウロ市中央市場で、久手堅出身の新垣源勝さん新垣正英さん、志喜屋出身の具志堅文吉さん、親川正男さん、字知念出身の玉寄兼吉さんが野菜の卸商でがんばっている。
志喜屋出身の玉城武三郎さんの長男が製紙紙箱会社でがんばっている。
字知念出身の糸数善吉さんは原地人を雇い、縫製工場を経営し順調にいっている。
志喜屋出身の玉城武三家の二世兄弟が宝石店を経営している。
字知念出身の具志堅産光さんの子供三人が大学を卒業し、弁護士、建築技士、歯科医(開業)で、また、親子でも会社も経営(川砂、採集販売)され、それに砂採集地の中で、約五十頭の牛の放牧し商も手固く経営も順調である。
一世健在の家庭の中での生活の親子関係、言葉使い(方言使用、対外的にはポルトガル語)人情、習慣は沖縄の昔と風習、方言が現存していて、外国にいるという感じがしなかった。
この紙面では、特にブラジル国だけの紹介であったが、今回の視察を通じて強く感じられたことは、南米のどの国も不安定な経済、治安の乱れている中にあって、初志をつらぬき、お互い支え合って生きる村出身者のたくましく、明るい姿であった。
二世、三世の中には、弁護士や医師、建築技士、工場経営者も多く輩出しており、近い将来各国においてその活躍が展開されるであろうと感じられた。
お礼状
残暑の候、皆様には益々御健勝の御事と察し深くお喜び申し上げます。
さて先搬、日本人移住八十周年並びに在伯沖縄県人会創立五十周年記念式典に我が知念村より村議会副議長の親川喜六氏が慶祝御出席下さいまして在伯知念村民一同誠に喜びかつ光崇とするものであります。また、私達移住者に寄与された御丁寧なる立派な感謝状並びに金一封(拾万円也)を涙して受取り誠に有難くお礼申し上げます。
なお、知念村誌、記念誌を拝見致しまして村の発展ぶり村民の活躍ぶりを見てあらためて開眼させられて居るしだいであります。また、親川副議長より村の現状についていろいろとお話を拝聴し多いに感銘し心強く思います。此処で私達移住者もあらたにフンドシの紐をしめ直さなければならないと痛感するものであります。
ブラジル国も不況(超インフレー)のため住みづらくなって来ましたが沖縄県民の持つあの独得のハングリー精神で私達は初期の目的賞録のため精進しつつがんばって居るしだいでございます。それでも二世、三世はフラジル国再建のために各分野において多いに活躍しています。なにしろフラジル国は国土は広いし資源も豊富であるので必や近い将来、日の輝る日も来ると私達在伯知念村民は確心するものであります。
最後に知念村の益々の発展と村民の限りない御健勝と御多幸を祈念してお礼のことばと致します。
昭和六十三年九月二十一日
ブラジル国知念村人会
代表玉城武三郎
沖縄県知念村長
仲里常延殿
| ダウンロード | https://docs.google.com/uc?export=download&id=1XrZy8Isnf92roYXfR5aZ_A5rNOl7R32D |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008377 |
| 内容コード | G000000354-0004 |
| 資料群 | 旧知念村広報 |
| 資料グループ | 広報ちねんNo.52(1989年1月) |
| ページ | 4 |
| 年代区分 | 1980年代 |
| キーワード | 広報 |
| 場所 | 知念 |
| 発行年月日 | 1989/01/01 |
| 公開日 | 2026/09/24 |