銃剣道の沿革
銃剣道は明治初期頃から槍術の剣術の使術理合等、その心技をもととして本格的研究がなされ明治中期に至って、ほぼ集大成されたもので、戦前は銃剣術として日本武徳会の一種目に公認され、特に日本武道史上空前の盛事であった昭和天賢試合を始めとして明治神宮体育大会やその他の全国的諸大会に関与する等、広く国民に親しまれたものである。
昭和十六年に至って銃剣術の心技の中に包蔵する武徳の涵養、や士風の振起、体力気力の養成特に精神文化の陶治等人間形成に欠くことの出来ない諸条件を新らたに道として広く国民に善及するための従来の術を道に改め銃剣道の名称が生れた。
現在のスポーツ銃剣道
終戦に伴う武道禁止令の影響を受けて、剣道や柔道と同様に銃剣道も必然的に隠世の婆となったのであるが、剣道等の復活に伴って銃剣道発足の気運が高まり、昭和三十一年四月、従来の銃剣道技術のえち戦技的部分を完全に拭い去り、純スポーツの形態に改めこれをもって広く国民、特に青少年の人間形成に資するためスポーツ銃剣道として新生をみたものである。
従って今日の銃剣道は過去のそれに比べて全くスポーツとしての性格をもつものであるが、その根底を流れる道としての特性は、ただ単にスポーツマンスピリットだけでなく現代社会人として特に希求される強健な体力、気力は申すまでもなく道徳性即ち謙譲礼節、克己等もろもろの精神要素がその修練の中に芽生える格好のスポーツである。
銃剣道試合のみどころ
銃剣道は真直ぐに相手の左胸部(上胴という)喉、左側胸部(下胴という)等に対して刺突し、勝敗を決するもので、相手の剣を外したり打ち払ったり、応じたり摺り上げたり、巻き落したりする各種の業は結局、完全な刺突を行うための一過程的方法である。したがって各種の業の変化は見たところ同種類の剣道等に比べて若干少ないような感がするが、これは千変万化である。
銃剣道試合のみどころとしては、基本、応用の各種使術をいかに正しく試合の中に生かすかまた、相手の心と業の懸け引き即ち相手の出ばな、引きばな、業のつきたところ等適切な機会捉えて、相手の虚を見定め、または作為として己の実をもって刺突するという妙味にある。
心理的には常に機先を制して立派な気位(己のもつ心と業の自信から生ずる気品、威厳をいう)で相手を圧し、正々堂々勝を制することができるか、にあるもので、この辺のところに着意して試合を観戦すれば自然に面白味が湧いてくるものと思われる。
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|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008369 |
| 内容コード | G000000346-0008 |
| 資料群 | 旧知念村広報 |
| 資料グループ | 広報ちねんNo.44(1986年10月) |
| ページ | 5 |
| 年代区分 | 1980年代 |
| キーワード | 広報 |
| 場所 | 知念 |
| 発行年月日 | 1986/10/6 |
| 公開日 | 2026/09/24 |