沖縄県間切島吏員規程が明治三十年四月一日から実施され、旧慣温存の方針によって廃藩置県後も尚続いていた地方吏員はここで大きく変革された。地頭代が間切長になり、首里大屋子以下の捌吏は間切書記となった。従来会計の収支命令者と実際の出納責任者との区別がなく収支紛雑していたのを収支命令者と実際の出納者とを区別するため始めて収入役が置かれた。
また各村(字)の掟は貢租公費の徴集手続きが最も煩雑を極めていたので掟は村頭となり間切行政の重要な補助機関となった。
従来の制度では農事々務担当者の惣耕作当、山林事務担当者の惣山当がいたが是等の職名は廃止されたが、これに代って委員を置くようになった。安座真の下仲村渠のタンメー仲村櫻三氏は明治三十七年勧業委員となられ、また知名の神谷(カマ)のタンメー神谷五一氏は字務委員となられている。
「県史」「琉球新聞」「近代地方経済資料」から知念村間切の地方吏員の辞令等を抽出してみることにする。
[図表]明治二十八年知念間切地方吏員・職名任期・定員・俸給・雑給
[図表]知念間切番所知念村役場吏員資料
[図表]明治三十年 知念間切吏員俸給比較表
[図表]明治十三年 知念間切番所吏員
[図表]明治二十四年 知念間切各村掟
[図表]歴代知念間切地頭代・間切長・知念村長氏名
[写真]昭和4年頃の庁舎
| ダウンロード | https://docs.google.com/uc?export=download&id=1w4_5G1VLO7bA_5lOVb77Q5d6XS1oPAeS |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008368 |
| 内容コード | G000000345-0013 |
| 資料群 | 旧知念村広報 |
| 資料グループ | 広報ちねんNo.43(1986年7月) |
| ページ | 8-11 |
| 年代区分 | 1980年代 |
| キーワード | 広報 |
| 場所 | 知念 |
| 発行年月日 | 1986/07/ |
| 公開日 | 2026/09/24 |