■金武に避難
沖縄戦前、私の家族は父(喜助)も母(カマ)も40代で、60代の祖母(ジラ)と10人きょうだい(女8人、男2人)の13人家族だった。長女姉は戦争が起きる前に本土の会社に就職していた。私は四女で学校を卒業したばかりだったが、当時は南風原区に役場があり、その隣にあった補習科に通っていた。
昭和20年(1945)3月23日に大里村にもカンポウ ※1 があって、その日の夜に三女、八女と祖母は島尻に、私、母、6人のきょうだい(次女、五女、六女、七女、長男、次男)は金武村(現 金武町、宜野座村)へ避難した。母が4歳の次男を負ぶって、5歳の長男は荷車(にぐるま)に乗せて姉と妹が交代で引き、私も食料(芋や砂糖など)や衣類など、持てるだけの荷物を持って歩いて行った。具志川村(現 うるま市)の田場(たば)まで来た時に夜が明けた。そこにいる時に爆弾が落ちたので、民家の陰に1日中隠れていた。
■爆弾で3人が亡くなる
金武には24日に着き、同じ集落の人を頼って寺の境内(けいだい)にある壕に避難していた。壕の中は避難民でいっぱいだったので、母は次男を抱いて次女と壕の入口付近に座っていた。その時に米軍機に見られて爆弾を落とされ、母、次女、次男が犠牲になった。私は爆風で気を失っていたが、気が付いて地面を触ったら熱くなっていた。その時には母は動かなくなっていて、次男がバタバタと動いていた。私は次男を引き取り壕の中に入ったがのちに亡くなった。この壕ではたくさんの避難民が亡くなった。
夕方になって金武のヒージャー(金武の大川)に水を汲(く)みに行った時、そこにはたくさんの避難民が水を汲みに来ていたが、マイクで「アメリカ軍はすぐ近くまで来ているから早く北部に逃げなさい」と放送されていた。皆はわれ先にやんばるに逃げたが、 私たち(四女の私と五女、六女、七女、長男の5人)は爆弾にやられた後だったので「ここで戦車にひかれようね」と涙を流して壕の中で座っていた。翌日、壕を出るとアメリカ軍が上陸してワイワイ騒いでいて、怖くてどうしようもなかったが何ともなかった。
私たちは父に連れられて島尻に帰ろうとしたが、しばらく進んだところで照明弾(しょうめいだん)が激しく打ち上げられ、飛行機が低空飛行して機銃を撃ってきて進むことができず、2回も行き来した。アメリカ兵は男の人を見ると撃ってきたので、アメリカ兵を見ると隠れていた。
■中川から大里へ帰郷
その後からは、金武の小学校に本部があったので、父がそこから鑑札(かんさつ)をもらって来た。その後、私たちは同じ集落の人を頼って民家にお世話になった。のちにそこを立退かされて、父たちが探してきた中川(現 金武町)の製糖小屋に南風原区の6世帯、24人の人達と入っていた。
中川には半年ほどいて、金武の大川からの水も使って生活していた。その後、アメリカ軍の命令で12月頃に玉城村(現 南城市)の船越(ふなこし)に移動し、さらに大里村大城の長屋(ながや)に収容された。大城の収容所から南風原に通って、茅(かや)も何十束と割り当てがあって毎日家づくりをしていた。その頃には長女姉も本土から帰ってきていた。
■鮮やかだった火柱
島尻に行った祖母、三女、八女は、南風原区の人達が糸満の伊敷(いしき)あたりで見かけたというのが最後の消息で、おそらくそこで亡くなったのだろうということだ。私たちの家族は戦争で6人(祖母、母、二女、三女、八女、次男)も亡くなった。残り(父、長女、四女の私、五女、六女、七女、長男)は無事だった。父の弟も戦地から帰ってきた。母は長男が早産で生まれ、学校にも入学しておらず、本土への疎開に行くこともできなかったので余計にその子を心配していたようだった。
父は戦後、家も造り、長男も結婚して孫の顔も見てから亡くなった。与那原から泡瀬方面に上がった火柱は鮮やかだった。あの戦争は本当だったのかと夢を見ているようだ。戦争のことはいつまでも忘れない。
(仲原節子・知念昌徳による聞き取り 2009)
■脚注
※1 沖縄戦体験者の語りの中で、空襲による爆撃や艦砲射撃などのアメリカ軍の攻撃全般を「カンポウ」と表現することがある。本書では、話者が「カンポウ」と話しているものの、それが艦砲射撃か空襲かを事務局がはっきり判断できなかった場合に「カンポウ」と表記している。
| ダウンロード | https://drive.google.com/uc?export=download&id=1oVC0Yyp1m8jg-lm_u6LD93fi2XkO2id9 |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 000000 |
| 内容コード | C000015745 |
| 資料群 | 『南城市の沖縄戦証言編(大里)』関連資料 |
| 資料グループ | 南城市教育委員会文化課市史編さん係『南城市の沖縄戦 証言編-大里-』南城市教育委員会(2021) |
| ページ | 281-282 |
| 年代区分 | 戦前(昭和)1945~49年 |
| キーワード | 戦争行政 |
| 場所 | 大里大里-南風原 |
| 発行年月日 | 2021/03/31 |
| 公開日 | 2026/04/10 |