■ダバオで麻栽培に従事
私は昭和9年(1934)10月に移民としてフィリピンに渡った。那覇港から出港して鹿児島県に着き、そこで1泊した。それから長崎県に行き、移民のための長崎移住教養所に11日間いた。教養所では身体検査や英語の読み書きの練習などをした。
11月にフィリピンのミンダナオ島のダバオ湾に着き、ダバオで10年以上麻(あさ)の栽培に従事した。自宅はダリアオンにあり、1階は麻の倉庫で2階が住居であった。
昭和12年(1937)に、沖縄から大里村出身の真栄城ウシを妻として迎えた。昭和14年(1939)には長男が生まれた。その後、次男も生まれ幸せな生活をしていた。
■軍の施設で一度目の徴用
ところが戦争が始まったため、昭和16年(1941)8月に妻子を安全のために沖縄に引き揚げさせた。
その頃、フィリピンでも徴兵検査が始まった。私は沖縄で徴兵検査を終えていたので召集(しょうしゅう)されることはなかった。だが日本軍の施設に2ヵ月間だけ徴用(ちょうよう)された。
フィリピンにいた日本人の成人男子はほとんどが兵隊に召集された。召集された人の妻子は、昼は近くの山に隠れ、夜は自分の畑から野菜や芋などを山に持ち帰って生活していた。
私は軍の徴用を終えて、軍の施設の近くのマテナにある牧場で働き、牛の世話や搾乳(さくにゅう)、牛乳の配達などをしていた。
■海軍での徴用とフィリピンでの戦争
昭和19年(1944)の8月頃、私は海軍の103施設にまた徴用された。
アメリカ軍がミンダナオ島に上陸してきたので、海軍と一緒にダバオの町から20キロメートルほど離れた山奥に避難した。軍は私が牧場で働いていたのを知っていたので、牧場から牛3頭を引っ張ってきて、牛の世話と毎日の搾乳をするよう命令された。戦時の避難中も牛乳を飲むので、日本の海軍は贅沢(ぜいたく)だなあと感じた。海軍は食料も十分に搬入していたので、避難中も食べ物には不自由しなかった。
アメリカ軍の大砲は8キロメートルほど先まで届くので、アメリカ軍の基地から9キロメートル以上離れた所で偵察するように注意された。海軍の避難場所は山深く、そこからは空しか見えなかった。偵察に行く時は自分で木に目印を付けて、その印を見て帰るよう指導された。
また、避難した場所でマラリアに罹(かか)る人もいた。私もマラリアに罹ったが、体力があったので軽くて済んだ。
このようにして、昭和20年(1945)の終戦までフィリピンの山奥で逃げ回った。
戦後聞いた話では、アメリカ軍が上陸した後に戦争が激しくなり、ほとんどの日本人は家や田畑を捨てて山の中に逃げ込んだが、山の中では食料もなく多くの人が餓えとマラリアで戦死し、わずかな人数しか生き残っていないとのことだった。兵隊に召集された人達もほとんど戦死してしまった。フィリピンでの戦争はとても悲惨なものだった。
■妻子は沖縄戦で戦死
昭和20年10月、フィリピンからアメリカ軍の船で広島県の宇品(うじな)港に帰ってきた。そこから福岡県に行き、岡本寮 ※1 で約1年間過ごした。その頃、寮にいた沖縄の若い人3人で、近くの郵便局に配達外務員として勤めた。
沖縄には昭和21年(1946)8月に帰った。船は久場崎(くばさき)(現 中城村)に着き、そこに1ヵ月ほど滞在してから大里に帰った。その頃、大里の古堅(ふるげん)に役場や配給所(はいきゅうじょ)もあった。
実家に帰り、妻と次男が沖縄戦で戦死した事を知った。せっかく会えると思っていたのでとても残念だった。悔しかった。
一緒に避難していた家族の話によると、玉城村(現 南城市)役場の後ろの山の壕に家族10人で避難していた時、壕の中が蒸し暑いので、最初は長男が壕から外に出て涼んだ後、壕に戻った。その後、妻と次男が壕から涼みに出ようとした時、入口に爆弾が落ち、破片が当たって即死したとのことだった。
終戦の翌年に長男が小学校に入学した。その子の成長を見守りながら一生懸命生きてきた。
(仲原節子による聞き取り 2009あるいは2010)
■脚注
※1 福岡県の春日村(現 春日市)にあった沖縄県民の引揚者寮。本書第二部収録の亀谷長榮「春日村沖縄寮の生活」の中に関連する記述がある。
| ダウンロード | https://drive.google.com/uc?export=download&id=1oVC0Yyp1m8jg-lm_u6LD93fi2XkO2id9 |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 000000 |
| 内容コード | C000015739 |
| 資料群 | 『南城市の沖縄戦証言編(大里)』関連資料 |
| 資料グループ | 南城市教育委員会文化課市史編さん係『南城市の沖縄戦 証言編-大里-』南城市教育委員会(2021) |
| ページ | 258-260 |
| 年代区分 | 戦前(昭和)1945~49年 |
| キーワード | 戦争行政 |
| 場所 | 大里大里-西原 |
| 発行年月日 | 2021/03/31 |
| 公開日 | 2026/04/10 |