■母1人を残してやんばるに避難
私は姉(ウシー)と姉の夫(大城ゲンコウ)、ヨシオという13歳くらいの親戚と一緒にやんばるに避難した。
ヨシオの両親はペルーにいて、彼は日本の教育を受けるために沖縄の祖父母の元に預けられていた。その祖父母は義兄の親戚で、彼らは高齢のため「ヨシオも一緒にやんばるへ連れていってくれ」と頼んだので、ヨシオも同行することとなった。
初めはやんばるに行くつもりはなく、湧稲国(わきなぐに)の自分の壕に避難していた。壕は大きく、入口は現在の信和苑の駐車場辺りにあり、目取真(めどるま)に通じていた。
あるとき区長が壕に来て、「役所より『アメリカ軍が上陸するから子どものいる世帯はやんばるに避難するように』という連絡があったので、やんばるに行かないといけない」と言ったため、避難することになった。湧稲国の人たちは先にやんばるへ行っていて、私たちは後から行った。
母は、家に残っている家畜の世話をするため1人だけ壕に残っていた。
■金武でヨシオが亡くなる
私たちは東風平(現 八重瀬町)の駅からトラックで宜野湾まで行き、そこから歩いて金武(現 金武町)まで行った。金武では採石場(さいせきじょう)跡に避難していた。そこは壕ではなく、岩を削った跡地の岩陰に、私の父が山から取ってきた竹を立てかけただけのもので、外から見えない程度のものだった。そこに避難していたとき、昼頃に爆弾が落とされて片側が潰された。夜には立てかけた竹の間から明かりが見えるので、見つかったのかもしれない。
ヨシオの同級生に高宮城(たかみやぎ)出身の金城清という子がいたが、ヨシオは彼らの壕に遊びに行き、夕方そこに爆弾が落ちて亡くなってしまった。清は「助けてくれー」と叫んでいたが、のちに助けられたようだ。清の母と、身重(みおも)の姉もそこで亡くなった。高宮城のナカモトブの家族も一緒だったが、長男のゼンコウだけが生き残り両親は亡くなってしまった。
のちに私たちが有銘(あるめ)(現 東村)から帰ってきた時には、その壕はアメリカ軍がブルドーザーで全部敷きならしていた。
■食料が少なかった有銘
その後金武の鍾乳洞(しょうにゅうどう)に避難したが、地元の人たちや避難民でいっぱいだったので、座ったまま寝るような状態だった。そこには20日ばかりいたが、アメリカ軍が攻めてくるとのことでさらに北部に避難するよう言われ、いとこである新垣ユキさん(屋号東金城小)を頼って有銘に行った。
有銘には食べるものが少なく、段々畑があったが芋もなかった。
■山道をさまよい歩いて金武へ
「もう殺されてもいいから自分のシマ(集落)に帰った方がいい」と島尻に戻る途中、アメリカ兵に出くわした。義兄たちが「アメリカ兵の顔を見ないで、黙ってそばから歩きなさい」と言っていた。アメリカ兵は笑って何もしなかった。やんばるの山道を通ったが、どこを歩いているのかわからなかった。
金武まで歩いたが、捕虜に取られた覚えはない。捕虜になった人たちが、「夜歩いたらアメリカ兵に乱暴される」と言っていたので、昼は歩いて夜は民家の家畜小屋に寝た。その時からは爆弾も落とされず、やんばるは静かだった。
■漢那・目取真での収容所生活
金武から漢那(かんな)(現 宜野座村)に移動し、漢那には長くいた。そこではソテツなどいろいろなものを食べた。
その後島尻に帰れるということになり、漢那からアメリカ軍のトラックに乗せられて目取真に収容された。目取真は避難民でいっぱいだった。
すぐには自分のシマに帰れなかったので、目取真に長くいた。そこでは芋掘りや食料集めもした。テントを張った学校があり、小さな紙切れで作ったノートと鉛筆を渡され、ABCなども勉強した。ちゃんとした先生だったのかはわからない。
■壕に残った母は銃撃で犠牲に
母は壕に避難していた時、日本語ではないような言葉で話し声が聞こえたため「今のうちに早く逃げないといけない」と暗いところに逃げたが、照明弾(しょうめいだん)が打ち上げられ、兵隊と間違われたのか攻撃されてしまったようだ。私が目取真に収容されてから、母と一緒に逃げたシズコさんからそのときの様子を聞かされた。シズコさんは若かったので先に逃げて助かったが、逃げ遅れた母は「シズコー私はやられたよー」と叫んでいたそうだ。シズコさんは「多分その辺りに亡骸(なきがら)があるはず」と言っていた。夜に出歩くとアメリカ兵などがいて危ないので、すぐには現場に行けなかった。
昼に義兄(ゲンコウ)とその長男(セイキチ)がその場所を調べたら遺体があった。母は家の鍵も持ったままだった。2人で遺骨を墓に納めた。
(知念昌徳による聞き取り 2015)
| ダウンロード | https://drive.google.com/uc?export=download&id=1oVC0Yyp1m8jg-lm_u6LD93fi2XkO2id9 |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 000000 |
| 内容コード | C000015693 |
| 資料群 | 『南城市の沖縄戦証言編(大里)』関連資料 |
| 資料グループ | 南城市教育委員会文化課市史編さん係『南城市の沖縄戦 証言編-大里-』南城市教育委員会(2021) |
| ページ | 45-47 |
| 年代区分 | 戦前(昭和)1945~49年 |
| キーワード | 戦争行政 |
| 場所 | 大里大里-湧稲国 |
| 発行年月日 | 2021/03/31 |
| 公開日 | 2026/04/10 |