大城の綱曳は、豊年を祈願して旧暦六月二十六日のアミシの御願と旧盆の七月十六日(御送)の翌日(十七日)の二回行われる。大城の綱曳では、トウール(旗頭)を先頭に網が続き、周囲を銅欒や鐘を拍子とする女踊りが行われるガーエーが見所であり、トゥールは綱曳のシンボルとなっている。大城のトゥールの特徴は、色彩豊かで、華麗な点であり、目取真のトゥール同様、沖縄館において展示されていました。トゥールは東西各々一番旗、二番旗に分けられている。東の一番旗には孔雀の頭に「氣晴」の文字(以前の旗には「豊年」と書かれていたが、それ以前に使われていた文字に戻した)、二番旗には水菖蒲の頭に「獅子と牡丹」の絵が、西の一番旗には軍配の頭に「振威」の文字、二番旗には菊の頭に「虎と竹」の絵がかかれている。これは、平成十年に五十年振りに新調され、絵は與那覇朝大氏、書は宮城政夫氏によってかかれたものである。以前のものは、絵は山田真山氏、書は山城正忠氏によってかかれたものであり、現在は区によって保管されている。また、大城の綱曳は、十年に一度支度綱を行う。支度綱では、旧盆の日の綱曳を行う際に東西の綱に組踊(本部大主)の登場人物の衣装をまとった人を三人づつ乗せて、東西の広場から馬場までガーエーとともに行進し、カヌチ棒を入れる間際まで支度の人達は綱の上に乗っている。大城の綱曳の由来は、定かではありませんが、一説によれば「ある年、稲が不作のうえ害虫が発生したため途方に暮れているとき、山野に放置していた父親(当時は六十歳を越えた人を畦の下に置く風習があった)に相談した所、村民総出で太鼓を打ち鳴らし、松明を振りかざし綱を曳け、そうすれば害虫は死んでしまうだろうと教えられ、その通り実行した所、害虫がみな水に溺れて死んでしまい、その結果豊作となった」というような虫払い型の伝承が残っている
(文化財担当・山里)
| ダウンロード | https://drive.google.com/file/d/1lzMJdG29DXP2U5n89stO90nUkvjHy6jB/view?usp=drive_link |
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| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008463 |
| 内容コード | G000001086-0003 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第254号 |
| ページ | 4 |
| 年代区分 | 2000年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 2001/09/01 |
| 公開日 | ー |