なんじょうデジタルアーカイブ Nanjo Digital Archives

文化財シリーズ ㉟ 大城の鐘

大城の鐘は、昭和十年に区民の結束と区の発展のためのシンボルとして、青年団を中心に設置されました。釣り鐘の製作には前述の通り青年団が中心となり、昭和三~四年頃より屋根用・堆肥用・燃料用の茅刈りや道路整備用の石運搬などで釣り鐘の資金作りのための共同作業を行った結果、昭和十年九月に完成しました。釣り鐘の響きは、時を告げる音として区や村内はもちろん、数km離れた地域まで聞こえたと伝えられています。しかし、時を告げる鐘としての本来の目的は戦時下によって、十年足らずで失い、戦争に関わる非常報知を主とする用途に変わっていきました。やがて、戦争の激化に伴って、鐘を置いたまま避難した結果、戦後区に戻ってみると、鐘は行方不明となってしまいました。その後は、酸素ボンべを代用品として利用していましたが、不明になった釣り鐘が米国加州ポートワイニミの米海軍施設内にあるシービー博物館に保管されていることが、世界のうちなあんちゆ大会」の事前情報交換で米国を訪れていた座間味栄徳氏によって確認され、翌年の平成四年に氏や当地の軍関係者ハリス夫妻・ハタケヤマ夫妻の協力を得て、教育委員会を介して大城区へ返還されました。釣り鐘は、真鍮製であり、最下部の直径は七〇cm、高さは一三〇cm、重量は四〇九kg程を測ります。釣り鐘の表面は赤茶の肌色に薄い青錆を纏い、文様は胴部上部の円周はひまわりの花であしらわれ、釣り部は竜頭が施されており、最下部はがっちりした太身の縁取りで、打叩部はこれもがっちりと帯状の輪でしめられ、釘で留められています。さらに縦線や横線など、強度と装飾のバランスが配慮された作りがなされています。また、胴部の正面中央部には「振興」と大きな浮き彫りの文字が打たれ、左側面には「大里村字大城青年團」、右側面には「昭和十年九月」の刻銘がなされています。現在、釣り鐘は大城集落センターの玄関手前左側に設置されており、返還されて以後は毎朝六時に時を告げる鐘として活躍しています。
(文化財担当・山里)

ダウンロード https://drive.google.com/file/d/1kxKUOfYxdqpeSIgazpDkMGzuuWWqnUpE/view?usp=drive_link
大分類 テキスト
資料コード 008463
内容コード G000001080-0006
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと 第248号
ページ 4
年代区分 2000年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 2001/03/01
公開日