なんじょうデジタルアーカイブ Nanjo Digital Archives

大里村移民編 編集事務局ニュース 移民史証言 シリーズ(24) 村移民史編集現地調査の概要

ブラジル国(Ⅱ)前回のペルーに引き続き今四は、ブラジル国の概要を報告します。一九九九年三月九日にペルー国から出発して当日の午後にはブラジルのサンパウロ空港に到着、ロビーには村人会長の新垣盛吉氏、前会長の新垣吉惟氏、仲村渠信一氏とその息子と、伊波秀徳氏(以上稲嶺)、元会長の玉城秀雄氏(当間)、副会長の知念繁氏(高宮城)、城間章氏(目取真)の各氏が出迎えてくれた。ホテルで日程調整し、すく沖縄からの移民船が入港した港町のサントスの現地調査をした。サントス港は当時の面影は残しているものの鉄道も線路が残っているだけで活況さはなく、広大な港も船はまばらで、倉庫群も空庫が多くさびれていた。初期移民は、家族農業契約移民として七八一名が明治四一年(一九〇八年)四月二八日神戸港を出発して五二日間の航海を経て六月十九日にサントス港に下航したのが最初と記されている。日本からの移民七八一名の約半数近くの二二五名が沖縄出身であった。その内、大里村人は男十八名女一名の計十九名であった。移民先はカナーン耕地に二四家族、フロレスタ耕地(山林地)に二三家族。村人は殆どフロレスタ耕地に割り当てら第二回移民は一九一二年(明治四五年)に神奈川丸で九〇家族三六〇名が送られたが、その内二二家族八二名が大里村出身で圧倒的に多い。その次に同じ一九一二年(明治四五年)に巌島丸で十三家族五〇名が渡航している。しかし大正時代にはいるとブラジル移民は中断、再開されたのは大正六年(一九一七年)である。その時大里村から三二家族が渡航している。大正九年(一九二〇年)には呼寄せ移民も始まり昭和初期に入ると昭和二年から昭和十六年まで毎年の如く移民は続けられた。その間の大里村からの総数は七二八名で、羽地、中城、小禄、西原に次いで五番目に多い。太平洋戦争で中断されたが、十一年間の空白を経て、一九五二年から再び渡伯が出来るようになった。最初は二世の呼寄せから近親呼寄せへと進んで、一九五二年度からブラジルと日本は移住が再開され、マットグロソ州のドラード・バイヤ移民、コチア青年移民、産業開発青年隊移民と、次々送り出されている。サントス(聖なる地)市内には古堅出身の与那嶺ウシさんと長男の政盛さん宅を訪問、政盛さんは開発青年隊派遣の一人で、野菜中心の農場経営者として頑張っている。翌日の十日は仲村渠信一氏宅を訪問。信一さんの父仁牛さん(九〇歳)はペルーの知念力マさん(九七歳)の弟で、奥さんの富士子さんは東風平の出身。引き続きレストラン経営の宮城勇氏(南風原)を訪問。新垣盛吉会長宅を訪問し、午後二時には新垣盛吉会長と城間章氏の案内でカンポグランデに出発、約一時間半後に到着、空港には新垣薫氏(稲嶺)と大城盛喜氏(目取真)が出迎えて案内役をつとめた。カンポグランデには新垣英雄氏(七五歳)、新垣三郎氏(七五歳)、新垣カメさん(八八歳)、新垣薫氏(以上稲嶺)、大城盛喜氏(六八歳)、大城英太郎氏、ロバート・マサキ大城氏(以上目取真)。午後二時頃に新垣盛仁氏(稲嶺)と大城雄孝氏の四男の大城精勇氏(湧稲国)の両人が出迎えて、車で二五〇㎞離れたドラードに約三時間で到着、新垣盛仁氏の三男のフランシスコ盛喜新垣氏宅に訪問、新垣親子は三五〇〇ヘクタール〔一〇五〇万坪)という広大な牧場と、大豆、トウモロコシを中心とした農場を経営して新垣宅には村出身の一世は勿論、二世、三世の六〇名余が参加し、夕食パーティが開かれ交流歓迎会が催された。翌朝から聞取り調査を開始、新垣盛仁氏(稲嶺)はサンパウロでもスーパーや貸しビル業等手広くやっている。ドラードでは大城精勇氏、大城盛吉氏(六五歳)(以上湧稲国)宮城雅夫氏(仲程)をはじめ他数名の調査を終え、十三日の朝八時に長距離バスで十三時間かけてサンパウロに着く。早速、会長の新垣盛吉氏宅で調査。城間章氏、新垣繁雄氏、盛吉会長の兄の新垣稲誠氏(七〇歳)(以上稲嶺)副会長の知念繁氏(高宮城)、が揃って調査が出来た。午後から玉城秀雄氏(八〇歳、当間)宅を調査。その後で副会長の案内で知念秀勝氏(真境名)宅を訪問。約二〇名の皆さんが参加。安仁屋先生と私の二班に分けて調査、城間明敏氏(四八歳)、大城政吉氏(五九歳)、城間政光氏(六一歳)、島袋元徳氏(七六歳)(以上大城)、城間アルベルト(父が大城)。十五日は市内から五〇㎞離れたグワルリヨス郡の調査へ。知念貞雄氏(高宮城で副会長の兄、六一歳)故人比嘉幸雄氏の奥さん茂子さんと高宮城の金城氏、の方々が揃って調査ができた。セラード・ナビオンでスーパー経営をしている屋宜宣一氏(七五歳、湧稲国)を訪ねた。十六日は新垣吉惟氏、大先輩で一世の、村人の良きリーダー役の新垣清三郎氏(九二歳)の家に五~六名が参加し調査を実施した。新垣清栄氏、瑞慶覧昌栄氏(以上稲嶺)他三名。十七日は知念松義氏、知念トヨさん(以上湧稲国)、金城キクさん(七七歳。夫は平川、本人は当間)を調査。十六日の晩七時より知念トヨさん経営のカラオケ屋にて清三郎氏(九二歳)、仁牛氏(九〇歳)の先輩をはじめ歴代の村人会長、役員もお揃いで私達の歓迎パーティとカラオケ大会が盛大に催され感謝感激の連続でした。
大里村移民史編集委員長 瑞慶覧長方

ダウンロード https://drive.google.com/file/d/1xV8ZZ2_BFBCzqup-9US26uKGTlcqHy8g/view?usp=drive_link
大分類 テキスト
資料コード 008463
内容コード G000001072-0005
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと 第240号
ページ 5
年代区分 2000年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 2000/06/01
公開日