稲福寺は、上稲福から大城グスクへと下りていく農道の左側斜面上で、稲福区の慰霊塔から南側へ一〇〇m程いった所に位置しています。周辺は農地や墓地となっており、その片隅にひっそりと所在しています。稲福寺は、十九世紀初頭頃に造られたと伝えられています別名は「熱田寺」又は「タキグサイウガンジュ」と呼ばれています。その由来は、昔、大城区の熱田門中の先祖が仕事の行き帰りの道で必ずつまずく石があり、不思議に思ってその石を掘り起こしてみると、霊験あらたかな仏像が出てきました。そこで、その場所に仏像を祀った仏舎を建てました。その仏舎を稲福寺(熱田寺)と呼ぶようになったと伝えられています。この由来を記したものが現在の稲福寺の手前右側にあるコンクリート製の碑文です。現在の稲福寺は、周囲を石灰岩で積み上げ、その上に切り妻型のコンクリート製の屋根を乗せた仏舍となっており、その中央部分に高さ一・五m×幅一m程の入口が開いています。その規模は、高さ三m×幅二m×奥行二m程を測ります。また、入口の左右両側には、石灰岩による高さ一・五m×長さ一m程の石積みが仏舎の前面に接して造られており、門のような形態をしています。稲福寺の内部は、幅一・五m×奥行一m程で、奥まった部分が一段高くなっています。段高くなった部分には、中央に仏像(阿弥陀如来といわれています。また、仏像の頭部は後に欠損しており、新たに造られているため頭部だけ石質・色が違っている)が座し、その両側に何らかの形を象ったと思われる石灰岩塊がみられます。一段高くなった部分の手前(仏像前)中央にはコンクリート製の香炉が、その両側端に祠を象ったような石造物がみられます。現在は、豊作祈願と村民の健康・繁栄を祈願するクンガチクニチー等の年中行事の際に拝みを行うそうです。
(文化財担当・山里)
| ダウンロード | https://drive.google.com/file/d/1-Q6J4hP7RRgIhn40JgwKXdX0yAwGK9gb/view?usp=drive_link |
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| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008463 |
| 内容コード | G000001071-0006 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第239号 |
| ページ | 4 |
| 年代区分 | 2000年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 2000/05/01 |
| 公開日 | ー |