満蒙開拓青小年義勇軍 大城盛吉さん(目取真)
昭和十三年より昭和二十年八月の終戦の日まで八年間にわたり、内原訓練所(茨城県内原一三九五)において訓練を受け、旧満州にわたった全国の青少年開拓義勇軍は八六、五〇〇人に達しました。多くの青少年らは、一様に国の将来を憂い、祖国安寧のために悲壮な決意を紅顔に秘めて、いたいけな身に鍬と銃を担い治安いまだ整わざる異郷の地にその歩を進めたのである。その殆どの青少年は全国で唯一の訓練所で基礎訓練を受け、満蒙の大地へ巣立って行きました。
満蒙開拓青小年義勇軍とは
昭和九年、旧満州国吉林省焼河に十四名の少年達が入植された
・昭和十三年、満州開拓青少年義勇軍制度発足。
・昭和十三年、満州開拓青少年の募集を行う
昭和十四年十二月までに約三万人の収容を終える。
訓練開設と使命
昭和十二年に一カ所、昭和十三年に二カ所の計三カ所。二十年計画で一〇〇万戸移住計画を立てる
①関東軍の第二軍的機能を保持
②ソ・満国境防備と治安維持。
③戦時下の食糧不足の増産。
(満州開拓移民の歴
概説旧満州国の国旗は俗に五色旗と呼ばれ、これは建国当初に在住した漢・満・蒙・日、及び鮮の五色旗の協和を表徴したものである
体験記
大里村から第二次訓練生として、体験した大城盛吉さん(七七歳)を取り上げてみました。
私は六名兄弟(男四、女二)の長男として字目取真で生まれ(大正十一年)、尋常高等小学校卒業(十五歳)、父の勧めで青年学校を卒業しました。その間軍事訓練も終了していました。父が精糖工場を共同経営していましたので、二年間その手伝いをしていました。その主な仕事は糖業で使われている牽引用馬の草刈りや管理を任されていました。十七歳になった頃村役場に満州行きの募集があり、受付が始まっていました。当時役場の担当者(宮城さん)の説明によると、三年以上満州で生活すると六万坪の土地が貰えること、満州は寒いところである等の断片的な事しか分かりませんでした。私と前後して同じ字の宮城政光さんも申し込んでいました。父取良がおまえは長男だし弟妹も多いので、将来の為、満州に先駆的役割を持って行きなさい。」と言ってくれました。昭和十三年若干十七歳の私は、満州へ行く決心をいたしました。丁度寒い季節だったと思いますが、沖縄県下から第二次義勇軍二十八名の青少年が茨城県内原訓練所へ係官随行の下、引き渡されました。
(内原訓練所とは)
青少年義勇軍は全国都道府県で募集がなされました。公募内容は、三カ年で広大な土地を貰えるという宣伝のもと、青少年が全国から応募したとのことです。県下から伊礼肇(近江内閣)次官級の方が、訓練所(茨城県内原)まで同行しました。私達も、鹿児島-東京-茨城-内原と引き渡されました。内原での訓練は満州を想定して霜の降る中、軍事訓練を主体に三ケ月間行われました。義勇軍の目的は満州の大地を開墾し、米、麦、野菜の栽培耕作が主な仕事と聞かされていました。昭和十四年満州に向け、新潟から朝鮮フザン、牡丹江へ向かいました。出向に冗立ち、皇居の参拝がありました。満州に着くと訓練所が年毎に移動しました。昭和十七年徴兵検査が現地で行われ、私は乙種第一種に合格、義勇軍から丘役に移されました徴丘では着る物は全て支給され、陸軍衛生兵として役二カ年勤務することになりました。
捕虜生活と帰知
第二次大戦中、私は衛生兵九九兵站病院に勤務をしていました。しかし日本の敗戦でソ連軍に捕虜となってシベリアに連行されました。牡丹江からソ連領のチコロバヤまで行軍で二〇〇名程の日本軍と一緒に昼夜四~五日歩かされました。連行途中トウモロコシ畑を通って強行の中、幸運にもかつお節が鞄に入っていたのとトウモロコシ畑での盗食で命をつないだものでした。シベリアでの生活は、表現出来ない苦痛と生死の界を体験しました。収容所の生活では自分たちで家屋を造り、寒冷の晩は皆が体を寄せ合って寝起きをしました。シベリアの寒さは、カミソリで体を刺すような痛さを感じ、三寒四温には馴れてきていました。ただ、虱とナンキン虫が多く、体中真っ白くゴマを蒔いたように不潔な生活が長く続きました。昭和二十三年、日本船(遠州丸)で舞鶴へ着き、長崎から沖縄に帰ることが出来ました。青少年義勇軍として満州へ渡って以来九年間の歳月と苦痛を乗り越え、二十八歳で帰郷しました。私は満州についての思いは戦争さえなかったならば大変よいところだと思いました。三年以上滞在すると一○Ha(六万坪)の農地が与えられ、三寒四温の環境にも順応したことを今でも懐かしく思っています。
移民史編集 (事務局・我部)
| ダウンロード | https://drive.google.com/file/d/1daCVSqDNPsdQNinOYJQJKncPPButnWJG/view?usp=drive_link |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008463 |
| 内容コード | G000001068-0009 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第236号 |
| ページ | 5 |
| 年代区分 | 2000年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 2000/02/01 |
| 公開日 | ー |