なんじょうデジタルアーカイブ Nanjo Digital Archives

文化財シリーズ⑲ ヒライサー

ヒライサーは、西原区の公民館から南側に伸びるアスフアルト道路沿いで、集落の後方の高台に位置しています。拝所は、南側の急な崖を背にして立地し、眼下には中城湾を見渡すことができます。ヒライサーは幅十一m×長さ五m程の広場になっており、左側の入り口に長方形の石の拝所があり、中央奥に祠があります。両方を合わせてヒライサーと呼んでいますが、昭和六〇年に教育委員会で調査した際には入り口の方をヒライサー(平石)、奧の方をトゥテイクン(土帝君)と呼び、両方を合わせてフスミ御獄と呼んでいると報告されています。また、沖縄国際大学の調査(昭和五十四年)では入り口の拝所の下には骨神があるという伝承も報告されています。ヒライサーの奥の祠は、正面を除く三方を石灰岩で囲み、上部に四角錐の屋根石を乗せています。大きさは幅七○㎝、長さ七〇㎝、高さ六〇㎝を測ります。また、祠の周囲の地面はコンクリートで覆われており、広場にもコンクリートの小道が敷かれています。入り口の拝所は、大きさが約一・五mの平らな石灰岩が置かれています。ヒライサーの由来は、西原西原区集落の後方、高台の位置が内陸に位置しているため浜下りができなかったので、レライサーを造ったという話がありますが、はっきりしたことは不明です。しかし、グスク時代の浜下りの日(三月三日)に浜へ下りる事ができなかった王家の女性達がそこで遊んだという伝承が残っていることから、伝え話通りかも知れませんね。ヒライサーでは、戦前まで浜下りの日に三月アシビーが行われた他、子供が生まれた家の者が出産の報告を行っていたそうですが、戦後はそれも行われなくなり、現在では五月十五日のウマチーと六月二十六日のアミシの締引きの際にウタキまわりの一カ所として拝みが行われているということであり、拝みに際しては、最初に入り口の方を拝んだ後、奥の方を拝むことになっているそうです。

ダウンロード https://drive.google.com/file/d/1SyoipYROUigECDKm2CfLg3L2-DNa7lWh/view?usp=drive_link
大分類 テキスト
資料コード 008462
内容コード G000001061-0004
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと 第229号
ページ 4
年代区分 1990年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 1999/06/01
公開日