なんじょうデジタルアーカイブ Nanjo Digital Archives

文化財シリーズ⑤ 当間区の獅子舞

獅子は百獣の王だとか、霊獣であるとして考えられています。そこから、その威力をあがめ、尊厳なものと信じて、獅子を舞わせろことによって、あらゆる厄災や悪霊が祓われると言われています。獅子像の威力はもともと精気返し、悪霊除けでありました。それが今では、農作物の保護神ともなり、火災除け、疫病退治の神とも言われています。獅子舞は、部落の祭祀の時に行われ、獅子の神はなかなか勇壮快活で遊びが非常に好きだとして、三味線、鐘、太鼓をならして若者が面をかぶり、獅子に扮して踊りはねるが、本来は娯楽というより祭儀でありました。当間区の獅子舞は、約一八〇年前に始まったと言われています。その由来は、当時部落において疫病が流行し、多数の死者が出たので、その厄払いと五穀豊饒・子孫繁栄を祈願して旧暦の七月十七日(ヌーバレー)と八月十五日(十五夜)の年二回行われるようになりました。七月十七日のヌーバレーはお盆で御先祖を送った喜びを区民一同で味わうと同時に悪霊を追い祓うという意味で公民館で演じられ、八月十五日の十五夜の獅子舞は村芝居として発展していった行事であります。獅子舞は、ワクヤーが獅子を挑発して誘い出し、誘い出された獅子が威嚇して四方の舞台杯を活用し、ダイナミツクに勇壮に舞う。その演技の特徴は、チチィジャシ、スバトゥンジ、ウーマーイ、ヿチー、シラングイ、カクジスンチ等の豊富な芸種とこまやかな芸足運びの動作にあり村内でも代表的な獅子舞であり、村指定の無形民俗文化財に指定されています。獅子舞は、その所作がすばらしいことであり、沖縄県地名辞典には「明治五年(一八八六年)には、最後の琉球国王尚泰に派遣された冊封街の前で獅子舞を演じ賞賛を受けたといわれています」と記されています。戦後一旦途絶えていたが昭和三十二年に獅子を製作し、部落の伝統行事として復活。その後、獅子頭等の破損が著しくなったので、平成四年に三十五年ぶりに新調して、今日に至っています

ダウンロード https://drive.google.com/file/d/1TjtgYwjmFH0BVJJQ4OTPT9eJ0J5AY97R/view?usp=drive_link
大分類 テキスト
資料コード 008462
内容コード G000001043-0005
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと 第211号
ページ 4
年代区分 1990年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 1997/10/01
公開日 2026/03/27