移民体験談を今回からシリーズで掲載して参ります。今回は古堅在住で、現在六〇才になる仲西律子さんにご登場いただきました。律子さんは父上原堅良さん、母ヨシさんとの間に、移民先のフィリピン、ダバオで生まれました。麻栽培をしていた父の下、八才まで現地ですごし終戦を迎えました。律子さんは戦争当時の模様を鮮明に覚えておられます。中でも一家で逃げ回る中アメリカ軍の放った弾が母ヨシさんと妹の千枝さんの太ももに当たったが、貫通したのが幸いで二人共命拾いしたことや、また、当時三才であった弟の真廣さんがジフテリアを患い、父堅良さんの腕の中で息を引きとってしまった悲しい思い出などを語って下さいました。しかし逃げ回る最中、赤痢や栄養失調で人が次々に死んでいく中を一家が何とか生き延びることができたのは父堅良さんが食料班長で戦争が激化するという情報を一早く知り精米した米や油みそにした豚、乾燥した野菜を大切に隠し持ったからだと言います。引き上げ後マラリアの治療薬キニーネと風邪薬の副作用で意識不明に陥ったことのある父堅良さんも九十二歳まで生存し、畑に出、「正直フリムン』と呼ばれる実直な人生を全うされました。現在母ヨシさん、妹の千枝さん、弟の勇さんが隣同志家を並べておられます。フィリピンの話をすると涙なしには語れないとの言葉が心に残って消えません。貴重なお話を本当にありがとうございました。
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| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008462 |
| 内容コード | G000001042-0012 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第210号 |
| ページ | 5 |
| 年代区分 | 1990年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 1997/09/01 |
| 公開日 | 2026/03/27 |