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文化財シリーズ② 大城按司の墓(ボウントゥ墓)

大城按司の墓は、稲福区の「東雲の丘近くに位置しており、大里村唯一の県指定文化財である。大城按司の墓とは、14世紀頃の大城グスクの城主であったといわれる大城按司真武の墓といわれている。真武は麻氏(唐名‥儀間家・田名家等)の先祖であり、麻氏の系図などが書かれている本(麻氏家譜‥県指定文化財)の中には、島添大里按司(大里グスク城主)との戦いに敗れ稲福の長堂原で自害し、そこに小石を円く積み上げたお墓がつくられ葬られたと書かれており、そのお墓の形が現在の墓の原型といわれている。お墓は、何度かつくり変えられ、明治25年に現在の位置に移動し、新たに石造のお墓としてつくられた。また、近くには真武ゆかりの女方のお墓や麻氏のお墓があるこのお墓は琉球石灰岩の岩山をくり抜いて墓室をつくり、前面部分は四角く切り取った石を積み上げ、上部は元のお墓をまね、円く積まれている。その形から俗に《ボウントゥ墓》とも呼ばれており、沖縄で一般的にみられるお慕である亀甲墓・破風墓・平葺き墓・掘りこみ墓などとは異なり独特の形式を持つ墓として貴重なものである。このような形式のお墓は大里村内にわずかにみられるのみであり、県内では他に類例がみられない。その規模は、間口七・五七m、奥行五・八八m、高さ四・〇二m、ドーム状部分の直径三・七八mである。また、麻氏の子孫には沖縄の農産業の発展に貢献した儀間真常がいる。真常は、サツマイモの栽培と普及を行ったり、薩摩から木綿の種を持ち帰って栽培し木綿織りを始めたり、現在の沖縄の基盤産業であるサトウキビからの砂糖づくりを広めたりした人であり沖縄産業の父といわれている。

ダウンロード https://drive.google.com/file/d/1fZr01Ip0knKLzRwUETyQgYEtTUbE7_xg/view?usp=drive_link
大分類 テキスト
資料コード 008462
内容コード G000001040-0007
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと 第208号
ページ 4
年代区分 1990年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 1997/07/01
公開日 2026/03/27