なんじょうデジタルアーカイブ Nanjo Digital Archives

戦場に駆り出され二度と帰らぬ人となったわが息子よ残された母親、生徒たちの癒されぬ思いはいづこへ 村民劇「千人針』上演 村民11人が出演し、命の尊さ、平和の尊さを訴える

「千人針」とは一片の布に千人の女が赤糸で一針ずつ縫って千個の縫玉を作り、出征将兵の武運長久、安泰を祈願して贈ったもので、日清・日露戦争の頃始まり、初めは「虎は千里走って千里をもどる」との言い伝えから寅年生まれの女千人の手になったものという。

舞踊家の當間美恵蔵(沖縄芝居風嗣扇の会主宰)先生の指導のもと、當間先生ご本人、大里中学校男子生徒五人、村婦人会から五人、般から一人の計十二人による舞台出演、地謡に村文化協会の松田竹徳さんら六人による村民参加の戦争悲話「千人針」が八月十五日、村改善センターにおいて昼(三時半)、夜(七時)に分けて二回上演され、昼の部には、大里中全校生徒を、夜の部には、一般村民を対象に上演されました。劇は、五十年前の戦争の時、沖縄でも疎開しない中学生が人出の多い那覇駅、与那原駅、大里駅前で、女神のお守りとして、母親や姉から千人針を腹にまかせて、先生を先頭に竹やりを持って戦場に駆り出された当時の状況を題材に二幕で上演されました。第一幕は、戦争中の大里校近くを舞台にして、生徒たち(役/大里中三年生の皆さん:大城政人君、宮平健君、大城智治君、比嘉直人君、又吉和明君)が、母親(役/村婦人会の皆さん・新垣津也子さん、普天間恵子さん、金城芽利子さん、大城悦子さん、照屋美智子さん)から千人針を腹にまかせ、先生(役/一般:真境名学さん)から竹やりを受け取り、戦場に出陣する場面が演じられました第二幕目は、戦後の稲嶺駅前を舞台にして、傷つきながらも命だけはとりとめ、母親のもとへ帰ってきた生徒たちだが、帰らぬ人となった先生の死で、身も心も打ちひしがれた様と、無情にも形見の千人針だけを手にするという先生の母親(役/當間先生)が、愛する息子を戦争で亡くし、路頭に迷い、悲しみだけに暮れるという姿が切々と描かれ、ご年輩方の多い一般鑑賞者の中には涙する者も居て、今一度戦争の悲惨さ、命の尊さを考えさせられる反戦劇(戦争悲話)となりました。劇の終了後、屋冝村長をはじめ、出演者の皆さん、会場の鑑賞者の皆さんとともに、全員でダンジュカリユシ(戦前、戦場へ送り出す時、戦前戦後、那覇港よりハワイ、ブラジル、アルゼンチン、ボリビア、ペリー等の外国へ移民として送り出す時に家族や親戚が小太鼓(チヂン小>を打ち鳴らして兵士の武運長久をお祈りし、又移民家族の健康と成功を祈願した踊り)でフィナーレを飾りました。

反戦劇「千人針」へ出演して……
終戦五十年という節目の年に、またと味わえない貴重な体験が出来たことに嬉しく思うと同時に当局の皆様に感謝を申し上げます。劇を通して、戦争の恐ろしさ、醜さ、悲惨さ、痛ましいさ等がよくわかり、地謡と踊り手が一体となって表現されたことで、戦争の恐ろしさ、平和の大切さが訴えられたものと確信しています。光を失った一雄の母を演じて、心底から「命ドゥ宝」と思いました。私は、戦争で大切な命を失った人々の御霊に伝えるべく恒久平和を願い、訴え、守り、その大切を子や孫に若者達に継承していくことを心に誓いました。新垣津也子(稲嶺)

戦後生まれの私達が演じるには、とても中身の重たい劇でした。五十年前、戦場に我が子を送った母親達の悲惨さを思うと、同じ子をもつ親として深いものがこみ上げ、平和への思いを強くしました。劇の練習を通して、多くの人達とふれ合い、たくさんの事を学びました。紬習始めから本番までの三ケ月間は、とても意義深い日々でした。金城芽利子(グリーンタウン)

母親役として、我が子を複雑な気持ちの中で無事帰ってくることを祈りつつ、戦場に送り出すことは、とてもつらく、はかないものを感じます。多くの方に「千人針」の劇を通して、平和の尊さを知ってもらいたい。そして、貴重な体験をさせて頂いた事に感謝致します。普天間恵子(大城)

戦争を知らない私達が、この劇を通し、戦争の恐ろしさがわかり、今の平和の時代になによりの幸せを感じています。又昔は「千人針」、今では「千羽鶴」に願いをこめて作ることは、昔も今も変わらない。これからも戦いのない平和な国であってほしいと思います。照屋美智子(福原)

これまでも平和体験学習を通して、戦争のすさまじさを沖縄戦記録フィルム、写真などを見せてもらい、又実際に戦争を体験なさった方の講演を聞き学んできましたが、ほんとに胸が痛む思いです。「千人針」……我が子を戦地へ送り出さなければならないという母親の悲痛さは、私達の時代ではとても考えられない恐ろしい出来事です。もう二度とこんな悲劇は起きてはいけない、起こってはいけないのだ。そして、ぜいたくな世の中に生まれてきた私達は、平和の尊さを実感しなければならないと思います。今回「千人針」の劇での母親役を演じるという貴重な体験をさせて頂き有難うございました。大城悦子(目取真)

この劇を通して、「千人針」の意味を初めて知り、母親がどのような思いでこの千人針を縫っていたのかを考えると、戦争というものがいかに悲惨な出来事だったかと思いました。一度とこのような戦争を起こしてはいけないと思います。真境名学(役場職員グリーンタウン)

五月から僕達は、村改善センターで三ケ月間、當間美恵蔵先生のもとで練習に励んできました。五十年前、本当にこのようにして戦っていたのかと思うと心が痛くなります。當間先生に心から感謝したいと思います。大城智治(大里中三年・グリーンタウン)

今まで三ケ月間、きびしい稽古に頑張ってきました。僕は、この「千人針」というすばらしい劇を通して、戦争の恐ろしさ、悲しさなど多くの事を学びました。これからも今の平和を守り続けたいと思います。大城政人(大里中三年・仲程)

僕達が劇の練習を五月から始めて今まで、當間先生のきびしくて、また楽しい練習が続きました。練習中は、みんな仲が良くて、悪い所をみんなで教えあって、良い所をみんなでほめ合っていました。本番うまくいったので、とても嬉しかったです。宮平健(大里中三年・グリーンタウン)

この「千人針」という劇を通して、たくさんの人と出会うことができました。また、戦争のことなども色々と学ぶことかできました。この体験、出会いを通して学んだことを活かして行きたいと思います。比嘉直人(大里中三年・グリーンタウン)

今まで三ケ月間、練習を頑張ってきました。八月十五日の本番には、練習以上に頑張りました。「千人針」を通して、平和の大切さを訴え、平和を守って行きたいと思います。又吉和明(大里中三年・平良)

ダウンロード https://drive.google.com/file/d/1jOKCCE886w9_3erzKDCV_ei1TT9E980u/view?usp=drive_link
大分類 テキスト
資料コード 008462
内容コード G000001021-0006
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと第189号(1995年9月)
ページ 6-7
年代区分 1990年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 1995/09/07
公開日 2026/03/27