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戦争の恐ろしさ悲惨さ、平和の尊さを次世代へ各学校6.23「慰霊の日」を前に平和学習 ~大里北小、南小合同「戦争を語る会」

あの恐ろしい戦争が終わって五十年が経ちました。年々戦争を体験した方が少なくなり、と同時に、戦争を知らない世代が増え、戦争体験の風化が取りざたされる中、本村の両小学校、中学校は、戦争の恐ろしさ、悲惨さ命の尊さ、平和の尊さを学ぼうと、平和学習会を開きました。両小学校では、六年生を対象に合同で「戦争体験を語る会」を開催し、沖縄戦(フィートフィルム)を通し、また、実際に戦争を体験した方の話しを聞いて事前学習。後曰、両校それぞれに、戦跡巡りをして追体験学習を行ないました。大里中学校は、全校生徒を対象に「戦争を語る集い」を開き、戦争体験者から平和の尊さなどを学びました。

・正しい教育が大事である
・次世代のために戦争は二度と起こしてはならない
瑞慶覧長方さん、切々と語る
大里北小学校(喜名盛文校長)の六年生五〇人、大里南小学校(瑞慶覧長良校長)の六年生一六〇人を対象に、六月十五日午後三時半から、大里南小学校体育館で「戦争を語る会」が開かれました。沖縄戦の記録、一フィートフィルムをみた後、元県議会議員の瑞慶覧長方さん(銭又区出身)が講師として招かれ、目らの戦争体験を語りまーた。瑞慶覧さんは、戦争当時、小学校六年生の頃だった。学校は兵舎がわりになり、公民館で授業を受け、戦争が激しくなるにつれ、公民館も家も兵舎になり授業どころではなかった。また、壕を掘ったりと陣地構築に駆り出されたりした。生活は、自分たちでつくった防空壕ですごしていたが、日本兵が来て「お前たちは出て行け」との命令に、母親は「しばらく、ここに居させて下さい」と何度もお願いしたが、日本兵は、聞き入れることはまったくなく、結局壕を追い出され、捕虜になるのは、一生の恥との教育を受けていたため、激戦地ばかりを逃げ回っていた。戦場は、言葉では言い表わせないような無残な死体でいっぱいだったと、生々しい状況を詳しく説明しました。瑞慶覧さんは「戦争を起こすのも食い止めるのも人間。本当のことを知る教育を受けることがいちばん大切な事であります。今日の話しは、絶対忘れないように、平和を皆で語り継いでいきましょうと強く訴え、「忘して忘ららん戦世の辛さ繰い返ちないみ子孫の為に」(忘れようとーても忘れられない戦争の辛さ、繰り返してはならない子や孫たちのために)と瑞慶覧さんご自身がつくった琉歌で締めくくりました。最後に、児童を代表して、親泊美香さん(大南小六年)が「戦争のことについて、本を読んだりして勉強してきました。今日の瑞慶覧先生の話しを聞くことができて大変感謝しています」とお礼のことばを述べました。

ダウンロード https://drive.google.com/file/d/15imb83kgcYpMiElPteu-uK3Bffsowe4l/view?usp=drive_link
大分類 テキスト
資料コード 008462
内容コード G000001020-0007
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと第188号(1995年8月)
ページ 6-7
年代区分 1990年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 1995/08/07
公開日 2026/03/27