村教育委員会は、文化財保護審議会から答申されていた、大里城跡訟園周辺に生育する「オキナワヒメウッギ」、「大城城跡」、南風原区の「食栄森御憲」「石彫魔除獅子」の四件を二月二日に告示し、村文化財に指定しました。昭和六十一年に文化財保護条例が制定され、平成二年に初めて指定された大里坂跡公園の「チチンガー」当間の「獅子舞」、古堅の「ミーンメー」と合わせて、これで七件が村文化財に指定されたことになります。
オキナワヒメウツギ群落
〈種別〉記念物(天然記念物)
〈名称〉大里城跡周辺のオキナワヒメウツギ群落。
〈説明〉オキナワヒメウツギはフオキナワヒメウツギキノシタ科に属し、オオシマウツギ(喜界島、奄美大島、徳之島に分布)の変種に当たり、沖縄島固有で島尻の一部に分布している。琉球石灰岩の断崖に生育する高さ一~二メートルの小低木半落葉性で、春に新芽を出し、四月から五月にかけて直径約二センチの白い花が三~九個つらなって咲く。オキナワヒメウツギの生育に適当な生活空間は、わずかなものであり、大変貴重な植物である。
大城城跡
〈種別〉有形文化財(史跡)
〈名称〉大城城跡
〈説明〉標高約一三〇メートルを最頂部とする琉球石灰岩の丘陵上に形成されている。四方は急峻な崖状になっており、自地の地形を巧みに取り込んで造られている。別称『ウフグシクグスク』とも呼ばれている古城の一つ。築城主と、その年代については定かではないが、口碑、伝承では、十四世紀の初めに大城按司、麻眞武によって築かれたと伝えられている。城内には平らな面が広がり、南側に城門を開き、本丸とふたつの郭からなる三連郭のグスクである。城壁は崖状に沿って野面の石積で取り囲んでいる。一九九〇年に実施した分布調査で十四世紀から十六世紀ごろのものとみられるグスク十器や中国製の磁器、褐袖陶器、刀子などが出土している。
南風原の石彫魔除獅子
〈種別〉有形民俗文化財
〈所在地〉字大里八二七
〈所有者〉玉城信
〈管理者〉字南風原(区長)
〈名称〉字南風原の石彫魔除獅子
〈管理者〉字南風原(区長)
〈説明〉魔除けの獅子で、南風原部落全体を守っている石彫獅子である。設置年代は不明。字の古老や口碑、伝承によると、部落の風水をみて前の山を押し退けて発展しようという願いを込めて獅子を置いたという。沖縄には、古い時代から魔除けの獅子を置く習慣があり、中国から伝わったといわれる。※風水=古代中国に発生した土地の吉区(善悪)評価法。風水は、風(気候)を防ぎ、水(飲料水)を得る地が最良とされ、その適地を得れば人は幸福に恵まれるという、きわめて科学的な方法である。(沖縄大百科辞典より)
食栄森御獄
〈種別〉有形民俗文化財
〈名称〉食栄森御嶽
〈所在地〉字大里七九四
(管理者〉字南風原(区長)
〈説明〉御嶽の由来、造営年代等については不明である。石造りの円筒形のこのお墓は南風原公民館裏の急斜面の崖の上に位置している。墓は高さ約七〇センチの自然石を利用した基壇上に置かれている。石灰岩を直径一・一メートルの円筒状に積み上げ、その上に、むくりのついた石灰岩の屋根石を乗せ、頂部に宝珠を置いている。石碑には「此に骨あり世に遠くして其人知らず。然ども崇ありて嘉慶二十年八月其散骸を此葬」とあり、一説では舜天王の墓ともいわれている。
| ダウンロード | https://drive.google.com/file/d/1ub61So71EfSbQKkcBGAFi3DxPazB-gCs/view?usp=drive_link |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008461 |
| 内容コード | G000000994-0002 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと第162号(1993年3月) |
| ページ | 4-5 |
| 年代区分 | 1990年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 1993/03/05 |
| 公開日 | 2026/03/27 |