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最優秀賞 『子育ては地域ぐるみで』 糸数清子(稲福婦人会)

パタパタパタと、慌ただしい足音で帰ってきた子どもに「おかえり」と声をかけようとすると、話しかけられるのも、もどかしいほどに目の色を変えてトイレに駆け込む。「お母さんよー、もらしそうだったんだよ。おしっこずーっと我慢してたんだからね」「どうして友達にトイレ行きたいって言えなかったの?」「言ったんだよ、今はダメッて言うもん」。何人かの子供たちと遊びながらの出来事で、トイレに行きたいのを拒否され、ずっと我慢してたようです。こんな事が二回もあり、私は考えてしまいました。子供の内向的な性格が気になってきました。これまでの私は、自分白身の仕事に忙がしくて、子供の事を真剣に考えゆとりかなく安易にとらえていた甘さがあり、今さらながら苦虫をかむ思いでした。と同時に地域の子供たちの事も見えてきました。小グループは、あったにしろ子供の集団がない。子供の同年齢、異年齢の関係が弱い感じがしました。今の子供たちは、子供同士生活を共有する場が少なくなってきて、受動的な狭い生活体験の中で育っている状態です。それは、子供の心と体にも表われてきてアレルギー、皮膚がカサカサ、すぐ疲れたと言う。背中がグニャとなる…。保育者が実感している最近の子供の心と体のおかしさです。昔は、子供は自然に成長するものと思われていました。ところが今は、生活が変わってあまりにも便利、あまりにも快適、テレビづけになっている。近所づきあいが少なくなって核家族が多くなっている。こういう現状を見すえて、子育てを考えていかねばならないんじゃないかと私は思います。私の地域は、いなかだから近所づきあいは、まだまだいい方で安心してるんですが、生き生きと遊びを中心とした子供集団を、少ーでもいい環境を、我が子のためにも地域の子供たちのためにもつくってあげたい。子供が成長するその過程において年相応に逞しく育っているかどうか、弱さかあるとすればどこなのか、自力で大丈夫なのか、親の助けを必要としているのかどのへんを補助すればいいのか、親として時には判断し、対処しなければいけない時があると思います。我が子の場合、家では活発だけど、外に出ると自分の思いを言えない、というところに育ちの弱さを感じました。何とかしなければノ。私はいても立ってもいられません。今こそ親の支えが必要なのではないか、いろいろ思い悩みました。せめて夏休みの間だけでも我が子と地域の子供たちとの交流を深めたい。せっぱつまった思いでPTA役員の方々に、夏休みの間、公民館を貸していただけないかと相談したところ、「責任者がいたらいいですよ」と気軽に応じて下さいました。職場の人は、快く遅番の十時出勤で承知して下さり、主人は地域の子供たちのためだったら、自分の時間をさいてでもやってみたいと言う私に、賛成とも反対とも言わず黙って聞いていました。反対されなかっただけでもありがたいと思いながら、私自身行動せずにはいられなかったのです。さて、いよいよ夏休みも始まり計画どおり実行させてもらいました。一、公民館の部屋そうじ(しつけの一環として大切なことだと思います)二、勉強(夏休みの友を中心にやりました)二、レクリエーション(これは子供たちの興味あるもの、やりたいものを中心にしました)これらを毎日二時間くらい続けることにしました。毎日の活動の他に、カレーパーティやフラネタリウム見学もしました。カレー作りの時、幼稚園生がじゃがいもを切ろうとして指を怪我してしまいました。以前から子供たちが、不器用になってきたと言われてますが家庭でも積極的に包丁を握らせたいな、と思いました。勉強時間には、年長組から学ぶ姿も徐々に見受けられ、嬉しく思いました。何をやるにしても子供たちの自主的な話し合いを基礎にして取り組みました。話し合いは必ず二つのグルーフに分け、司会を決めてやります。小さい子が大きい子に圧倒されて、意見が言えないと困るからです。何よりも子供たちはレクの時間が一番楽しいようで遊んでる顔が生き生きと輝いて見えました。子供たちは少しずつ変っていき、半月では、はっきりとわかるようになりました。地域の子が遊びに来るようになり、子供同士のつながりができてきました。我が子も自分の思いが少し出せるようになり、地域の子も明るく意欲的になっていく様子が感じられます。「夏休み以来、家の子変ったよと、あるお母さんから聞きうれしく思いました。夏休みも終り、二学期が始まった頃、子供たちは誘いあって登校し、多い時には五~六人で歩いて行くようになっています。欠席した時は明日持参すべきものを教え合っています。その関係がより安定したものになるよう見守っていきたいと思います。こんな話を聞きました。自分の子が登校拒否をおこし、悩んだ母親がノイローゼになり自殺したそうですその子も母親も、いい仲間や相談しやすい隣近所の人がいたら救われただろうに…。と胸を痛めています。現代は子供が一人では育ちにくいし、一人でも育てにくい状況にあります。自分の子がすくすくと素直に育っているにしても、いつ何時、誘惑の手が伸びてくるかわかりません。母親として善悪を判断する力、イヤなのはイヤと、はっきり言える勇気ある子に育ってほしいと願っているのは私だけではないでしょう。ルソーは、著書「エミール」の中で「教育とは、子供に生きることを教え、判断力をつけることである」と言っています。まさにそうだと思います。「学力だ、成績だ」と、言う前に遊びを充実させ、情緒の安定を図り、遊びの中で生きる事を体得していく。内面の充実、情緒の安定ができて初めて、子供はそれをバネにして意欲的に伸びていくんではないでしょうか。私たち母親は、視野を広げ常に社会に目を向け、地域の人々と一緒に地域の中で子育てを考えていかねばならないし、地域の子は、地域の大人たちが育てていく気持(認識)をもち、どの子にも声をかけていかねばならないのではないかと思います。日頃から地域の大人たちが率直に子育てのこと、話せる雰囲気をつくっていきたいです。今後とも、微力ながら地域の子供たちのために、何か役立つことができたら幸いだと思います。

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大分類 テキスト
資料コード 008461
内容コード G000000982-0007
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと 第150号
ページ 4-5
年代区分 1990年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 1991/09/07
公開日 2026/03/27