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村婦人の主張「最優秀受賞」作品 「大事な乳幼児期はお母さんの手で」 金城サエ子

"子は親のうしろ姿を見て育つ"とよくいいます。しかし今日の共稼ぎ時代にいったい、子供達はいつ、お母さんの姿を見ることが出来るのでしょうか。十五年前、三人目の子が生まれるまでは私もその一人働くママでした。いつも後髪を引かれる思いで仕事に出かけ、その仕事はといりと、自分の子供は他人に預け、よそさまのお子さんを預かる、という保育園の保母でした。何と、大きな矛盾を感じ、それに「お母さんこんなことしていたらお母さんが年老いた時お返しに施設へ送りますよ。」という無言のささやきさえ、聞こえて来るような気がして、あっさりと仕事をやめ、現在二男三女の五人の母親として子育てに明け暮れている昨今です。私は、農家の大家族の中で生れ育ちました。祖父母父母、兄夫婦、姉や弟達がいて、私までは畑仕事や、お台所仕事の分野は廻って来ませんでしたから、私はいつも子守りをして遊びながら彼らの仕事ぶりを見ていました。そして現在、我が家の猫の額ほどの(畑といっては大げさ)花園には、子供達といっしょになって植えられたさとうきび、さつまいもを始め、いろいろな葉野菜が所狭しと葉を茂らせ私達家族の目を楽しませてくれます。私は、それらの植え付けや種まきをする時、二十数年前のあの姿、あの言葉一つ一つがはっきりとよみ返り、あ、おじいちゃんはおいもを植える時、へラを使いこうしていた、父はキビを植える時はああしていたな、それから干大根のお料理をする時、おつけ物をつける時の母の姿等々。そして夕食の後は子どもを中心に一家団らんでいろいろな話題でもちきりでした特に今は亡き祖母は、お茶の一杯や、あめ玉の一個でもお仏壇に向かい一礼してから口にしていた姿、あの感謝の心、信仰深さ、母や私にとって最大のプレゼントだと思っております。そ視ることの大切さを現わしていると思います。視る、聴く、触れる、匂い、味などの五感を通して人間が育くまれていくと言われております。ある学者の説によれば、乳幼児期のお母さんとの豊かなふれ合いや、対話が学習意欲につながる基礎になるとさえ、言われております。いつでもお母さんが側についてあして私もまたそれを子供達に受けつがせたいと思っております。目で見、頭の中に、胸の中にしっかりときざみ込まれておりますから捨てることがない訳です。それこそ姿を見ることが出来たのではないでしょうか。これらのことは、知識として教え込まれたのではありませんげ「これなあに」「あれはどうして」等の対話が、勉強がよく出来るこどもを創る基礎になる、と言われております。私達親にとって、一番幸せを感じるのは、何でしようか?やはり、子どもが健康で明るく、そして学校生活が楽しく過ごせることこそ親の願いではないでしようか。学校が楽しいということは、勉強がよくでき、お友だちと仲良く遊べ社会性が身について情緒が安定していることにつながるのではないかと思います。みなさん、人間、ぜいたくをしようと思えばきりはありません。お金なんてあればあるで使いますし、無ければ無いなりに出来るようになっていると思いまサんか。とにかく、お母さんが家にいるということは家族全体が、身心共にゆとりがあり、素敵な安定剤です。食事もインスタントを使わず本物であり、よく工夫が出き子供達を手伝わせたり家庭菜園の無農薬、無化学肥料、そして経済的なのは一番、うれしいことです。それに学校のPTAや授業参観、あるいはお勉強会などに、無理なく出席し、子供のためまた自分自身を磨くことが出来ます。私は子供に"ああしろ、こうしろ"とは余り言いません。お母さんの生きさまを見てついていらっしゃいとばかりに行動的に生きている積りです。五人の子どもの十個の瞳が、心が、私を毎日、じっと見ていると思うと本当に、もたもたしておれません。そしてここまで強いお母さんに仕立ててくれたのも五人の我が子達です。いろいろなことを子どもから学びました。現代は沢山の育児書や教育書などはよく読まれているようですが、生きた本当のことを教えてくれるのは我が子です。そして子どもの幸せが、親の幸せでもあるのです。みなさん、今、何が一番重要か価値感を考えるべきではないでしょうか。よく話題になる青少年の非行問題、彼らは恐らく、乳幼児期にきっとお母さんの手のかけられなかった子供だったかと思います。そして今親の愛情を要求しているのではないでしょうか。小さい二葉の頃に手をかけてやらないとまっすぐには伸びません。いつかゆがんでしまう時期が来るようです。私は何をするにもまず子供を中心に考えます。それが通い合っているのでしよう、おかげさまで現在、高校生を頭に中学、小学校とそれぞれに成長し、子育ての真最中ですが、今のところ、落ちこぼれることなく人並みに学校生活に励んでおります。しかし、問題はこれから先、上級になるに従って起こるかも知れません。でも、私は信じております。乳幼児期という苗の頃に愛情という肥を適度に与えて土台をしっかりと、育ててある積りです。たとえ横道にそれて、荒波や台風に出会い折られてもふまれても、きっとまた、起き上がり新芽を吹き、大木になり、花を開いて、人さまに迷惑をかけずそして人位は老いた私たち両親を大事にしてくれることを。最後に私は声を大にして叫びたいと思います。"子ども"という者をある程度の理論をかじり、保母としての職業を通していろいろな性格の子どもと接し、そして現在、五人の母親として私に言い切れることは、学力向上をどうしようこうーようという前にまず、人格形成である乳幼児期の重大さを再認識する必要があるのではないでしょうか。どうぞ、お母さま方、家庭へ戻って上げて下さい。働くのは子どもがある程度大きくなってからでも遅くはないのです。そして次代を担う大事な赤ちゃんを牛の赤ちゃんにしないでください。お母さんのあたたかいおっぱいで育てて上げて下さい…と。

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大分類 テキスト
資料コード 008461
内容コード G000000960-0015
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと 第128号
ページ 8-9
年代区分 1980年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 1989/09/01
公開日 2026/03/27