私の姉は、三歳の時、高熱をだして、両親をとても心配させました。注射で熱はさがりましたが、その後、姉の足は変形し、歩けなくなっていました。脳性マヒという病気になっていたのです。
両親は姉のマヒした左足を治すのにとても必死になって、あちこちの病院に通ったようです。治療費の心配をしながらも一日でも早く治したいと、あせっていたそうですが、姉の足は思うようにはよくなりませんでした。
幼稚園へ通うことになったが、足のために休みがちで、又、両親を悩ましてしまいました。今度は、思いきって治療をすることになりました。整肢療護園に入院して、手術をしたのです。手術は成功し、その後のリハビリで、だんだん歩けるようになってきました。
姉が明るくなると両親もようやく肩の荷がおりました。やはり、治療費は随分かかったかも知れませんが、両親の手元からは、あまり出なかったそうです。国の補助金が適用されたので、とてもラッキーだったと母はあの時のことを思い出しながら語っていました。あのころのわが家の経済では、この莫大な治療費は、とても出せなかったそうです。
結局、この補助金が国の税金だったのです。
私は、このような話を聞いて税金の役割と大切さを知りました。もし、税金の恩恵を受けていなかったら、今ごろ姉は、友達と一緒に肩を並べて歩くことも出来なかったことでしょう。姉は今、足をひきずっているので少し歩き方は変ですが、普通高校へ入学し、普通の友達と共に勉強をすることが出来ます。それは本当に税金のおかげだと思っています。
税金は、国民の生活を守るものです。私は敬老の日に向けてボランティア活動の一環として、大里村にある特別養護老人ホームを訪ねました。その時、はじめて老人ホームも税金の一部で運営されていることを知りました。ホーム内は清潔な感じがして、明るい笑い声も聞こえました。「ここの生活は楽しい。このホームがあってありがたい。」と、あるおばあさんは言っていましたが、老後をこのように生き生きと過ごせる人達は、とても幸せだと思いました。
税金はこのように各方面で活用されて、日本人の生活を守っています。私はこの作文を書くことによって多くのことを学びました。今、父と母が一生懸命に働いて税金を納めているのは、以前、姉が恩恵を受けたのに感謝し、又、他の人にも役に立ってもらうことが出来るようにしているからだと思います。
私もいつかは働き、税金を納める時がくるでしょう。その時は嫌な顔をしないで両親に見ならって、納税の義務を果たしたいのです。皆の幸せは納税からと声を大にして叫びます。
| ダウンロード | https://drive.google.com/file/d/1nK3nI8LL94C91ZV5PKu32JyP201Up7_Q/view?usp=drive_link |
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| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008460 |
| 内容コード | G000000944-0017 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第112号 |
| ページ | 11 |
| 年代区分 | 1980年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 1988/02/01 |
| 公開日 | ー |