概観-
大里南小学校の西側に隣接して位置し、運動場から子供たちの声が聞えてくる。
同校は、明治三十六年に創設され、現在九百十二名の南区域の子供たちが学んでいる。
当区の公民館の東側には慰霊塔があり、沖縄戦で散った区民八十四柱の霊が祭られている。戦時中、区民の半数が本土へ疎開したが沖縄に残った約半数のうち生残ったのはわずかに十二三人だったという。
当区では、毎年「慰霊の日」の六月二十三日に戦没者慰霊祭を執り行っている。
世帯数58戸、人口247人(男119人・女128人-62年8月現在)。農家戸数は31戸、全体の53%の世帯が農業を営んでおり、さとうきび作が主である。
老人・青年のスポーツ活動が盛んである。老人クラフでは、去った八月の村老人ゲートボール大会で、七十五歳以上と六十代の部で優勝青年会も去った排球大会で女子が優勝に輝くなど、近年著しい活躍を見せている。
沿革-
琉球村々世立始古人伝記によると、世立初は大里同村南風原屋より来る名城大主とあり、地組始は玉城普天間家より来る伊良部子とされています。
拝所-
コガネシオブルクウノ御イベが祠られているコガネ森獄、高宮城之殿等がある。殿は旧暦の五月十五、六月十五日に区民が集まり健康の念願をする。獄には、区の祭事の度に拝願する。昔は旅に出る時は必らず獄で道中の安全を祈願してから出たとのこと。
=概況=
●人口-247人
●世帯数-58戸
●農家戸数-31戸(専業2戸・兼業29戸)
●経営耕地面積-13.4ha(1戸平均4.3ha)
●さとうきび-14.6ha 1,220トン
| ダウンロード | https://drive.google.com/file/d/1H2C0m9-Bo37hBPOYUbZI_qRXQSdGmiU3/view?usp=drive_link |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008460 |
| 内容コード | G000000941-0004 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第109号 |
| ページ | 6 |
| 年代区分 | 1980年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 1987/10/01 |
| 公開日 | ー |