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『水の作文』全国入選作品 「水を大切に」 大里中垣花辰彦

小高い所に立っているとどの屋根の上にも色とりどりのタンクが見える。他県の人が見ると異様に感じるようだが、それは沖縄独特の風景なのだ。
このようなタンクがなければ断水のたびに悩まされることになるので、このタンクは沖縄県民にとって生活必需品のようなものである。僕の住んでいる団地にも、ずっと以前からとてもでっかい貯水塔がある。バベルの塔とまではいかないが、かなりの大きさのタンクで、見上げると今にも倒れてきそうでちよっと怖い。それは、アパートの人たちが共同で使っているもので幼い時は、不思議な気持で見上げたものだった。こんなタンクがあるのも、もとをただせば沖縄の抱える問題、水不足のせいであり、沖縄の宿命のような気がする。
近年は、断水騒ぎはあまりないが、僕が小さい頃は毎年、断水があった。でも断水をそれほど深刻に考えたことはないが、それでも庭の草木は勢いをなくし、風呂に入るにも思う存分に水が使えなかったことは、まだ記憶に新しい。
でも、何といっても水不足の苦労を体験しているのは、わが家では、祖母である。「昔は水が少なくて苦労したさあ。今みたいに蛇口をひねればジャージャー水が出る時代じゃなかったし、水は、とても大切だったんだよ」と、そんな話をする祖母の目は、涙ぐみはるか遠くを見ていた。昔の苦労を思い出しているのだろう。
祖母の住んでいた宮古島には三つほどのわき水があって、そこから毎日の生活に使う全ての水を得ていた。水汲みは、主婦の仕事であったので妊娠中であっても代わってもらえなかったようである。
「深い洞穴に入っていくと、奥には湧水があってねその水を汲んで桶に入れて背中に背負のよ。おなかには赤ちゃんがいるし、転ばないように水を運ぶのは大変に苦しかったさあ…」と、祖母は少し、てれくさそうに話していたが、語るも涙聞くも涙である。
水を運ぶだけでも大変だったであろうし、その上、大きいお腹をしていては、重労働だったに違いない。
水道の蛇口をひねるだけで水はいくらでも出るものと思っている僕には、とても信じられないような話しだった。
だから祖母は、今でも水を絶対に無駄使いはしない。断水になりそうだと聞けば、水道の蛇口をぐっと閉めて、それこそちょろちよろとしか出さない。浴槽の水は手洗い用や洗濯や掃除に使い食器洗いの最後の水は、庭の草木への灌水である。本当に一滴の水も無駄にしない祖母の生活態度には改めて感心している。
祖母ほどではないが母も水をとても、大事に使っているし節水に努めている。子供たちがもっと水の大切さを知って節水に協力してくれたら、とても助かるのだが…と、母は口ぐせのように言うのである。
最近は、すぐに断水になることは少なくなったが、それでもニュースなどで、「福地ダム六十%を割りました。断水の恐れもあります。と、言う放送は毎年のように聞くが、これまでは殆ど気にもとめなかったものだ。
今年は、海邦国体もあり水の需要はさらに増大することと思う。今よりも、もっと水を大切にしなければならない。練習で疲れた他県の選手が、断水で水も満足に使えない、お風呂にも入れないことになったら大変困ると思うし、選手に対して申しわけないことである。節水の必要性を改めて痛感した。
今、僕たちは、水不足がちな沖縄にいながら水をそれほど大切にしていない。自分の家にはタンクがあるから大丈夫と言うような白己本位の考えの人が多いのではないだろうか。
すべての生物の生命の根源であり、自然の恩恵である水に感謝し、コップ一杯たった一滴でも大切にしなければならないと僕は決意し、心の中で大きな声で叫んだ。

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大分類 テキスト
資料コード 008460
内容コード G000000939-0007
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと第107号(1987年8月)
ページ 5
年代区分 1980年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 1987/08/01
公開日 2026/03/27