概況-
百三十m前後の高台に位置するこの部落はかつて大里城の城下町として栄えたところである。現在は城の面影はなく、わずかに当時使われた遣品や石垣、チチンガーが残っているにすぎない。城跡は公園化され東と西に展望台が築かれ、知念半島や勝連、那覇や遠くは慶良間列島が望できる風光明媚な地で、村内や近隣町村の住民が訪れます。
世帯数35戸・人口142人(男69人・女73人-61年8月)で村で一番小さい部落である。山間地にあるため、さとうきび作を中心に養豚、肉用牛、養鶏が営まれ、農家戸数23戸で65%が農業を中心に生計を立てている。
沿革-
村史から引用するといくつかの説があり、その一つによると、世立は玉城仲村渠より来る大里大君その後北山より来る今帰仁按司で、地組始は、南山王の弟、汪応祖が相続したという。
部落の北側に大里城跡があり、島添大里下之世の主の築城とされている。大里按司は、南山を圧倒する程一時期は栄えたが佐敷より興った尚巴志に滅ぼされたとされている。
拝所-
島添アザナノ御イベ、西原巫火神、大森御イベ、二御前等のお嶽や大里城之殿、その他多くの拝所があり、区民より崇高されている。このように西原には数多くの拝所があるが現在、古老や部落の役員が中心となって調査が行われ今後、保存に向けて取り組みかされています。
==概況==
○人口-142人 ○世帯数-35戸
○農家戸数-23戸(専業6戸、兼業17戸)
○経営耕地面積1,319a(1戸平均57a)
○肉用牛-1戸・6頭 ○豚-1戸・200頭
○採卵鶏-1戸・30,000羽
| ダウンロード | https://drive.google.com/file/d/1-KKSHciPj5hP_RMz5C4-JriJzbEtc-6m/view?usp=drive_link |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008460 |
| 内容コード | G000000931-0006 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第99号 |
| ページ | 6 |
| 年代区分 | 1980年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 1986/10/01 |
| 公開日 | ー |