沿革-古い歴史をもつ我が大里村は、明治四十一年四月一日から市町村制が施行され、その後、第二次世界大戦等史実を乗り越えている。戦争のため、郷土は焦土と化した。村民は無から有を生まなければならない一大転換の時代を迎え戦争の終結した昭和二十年十一月、金武村やその他各地に分散していた村民は、目取真、大城の両区に移動し生活を始めました。昭和二十一年六月、古堅に役所を移転し、村長に上里堅浦(第十四代)、助役に冝保安義氏が就任し、十六人の職員で村行政事務が開始され、それとともに、学校も現在の敷地にかえり、各区でも区長を中心として仮小屋が次々と建てられました。住民に土地と宅地が与えられ、農耕にも精励するうち熊本、宮崎からも疎開者が帰還し、人口も増え村民も一段と希望に燃え、昭和二十二年秋には、村民総出の復興祭を古堅馬場で挙行するに至る。
更に、上里村長は、食糧の自給体制、農業基盤の整備計画、甘蔗苗の確保による糖業の振興や家畜の導入を図り、肥料の自給度の向上等諸施策を実施しました。
昭和二十三年末頃までには荒蕪地も耕作され、主食の補給も安定をみるようになり、多年の宿望であった与那原町の分離が、昭和二十四年四月一日を期して実現をみています。分離に伴い、昭和二十五年三月二十二日、村役場を村の中央部である現在の敷地(字仲間一一二四の一)に移転し、現在に至っています。
-経過-
昭和25年(国調) 1,290戸 6,699人
●伸程ダムの完成-昭和27年4月
●親子ラジオの設置-昭和29年11月
●大城ダムの着工-昭和31年6月
●電灯が点る-昭和32年12月
●役場新庁舎落成-昭和33年1月
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|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008460 |
| 内容コード | G000000929-0007 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第97号 |
| ページ | 7 |
| 年代区分 | 1980年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 1986/08/01 |
| 公開日 | ー |