村農業委員会(会長新里寿光)の昭和六十一年度視察研修が、去った六月三日から六日までの日程で大分県玖珠町で行われ、新垣良康氏を団長とした八人の委員と大城事務局長が参加しました。(その研修報告をシリーズで紹介し、大里村の村興しの発端にもなれば幸いに存じます。)
山田西区の村づくり
四日の研修は、昭和五十九年度農林水産祭の豊かな村づくり部門において、天皇杯を受賞した山田西区の村づくりの取り組み方についてスライドの上映と山田西区の中村農業委員より、村づくり及び農業について説明が行われ、その後質疑応答、懇談がもたれました。
山田西区における村づくりの概要-玖珠町は大分市より西へ約六十キロの所に位置し、周囲を山に囲まれた盆地で、人口二万三千人、面積二八七・四六平方キロの町です。
山田西区は、水田地帯で五集落からなり、人口一千二百七十八人、世帯数は三百二十二戸で五十八%が非農家で占める混住地域です。山田西区で村興しが始まったのは昭和四十八年で、この地区は昔しから農業地域としてまとまりがあったが高度成長により出稼ぎが増え、若者も出ていき、土地も荒れ、連帯感も薄れていく状況であった。それをなんとかしなければならないとの危機感が若い青年層に行動を興させたことに始まり、彼れらが中心となってふるさとの再興を願い「自分達のむらは、そこに住む自分達の手で」をモットーに、創意と工夫に満ちた実践活動が展開されたことです。
それともう一つ見逃せないのは、明治時代からの共有林五百町歩の管理制度や伐株山頂の行事、その他多くの伝統行事によって育まれた硬い結束とふるさと愛があったことです。
次に具体的活動内容を紹介します。
1・心のふれあう暖かい地区づくり
山田西区では、新しい地区行事を企画、実践することによって、心のふれあいを始めることからやりました。
①最初は、伐株山頂での観月会や毎年九月尺八、琴の文化交流等を実施し、町の祭りとして定着をみている。
また、伐株山頂にバスを走らすため、青少年による石堀や枝打ちをし、その行動が西区あげての取り組みとなり、第一回の観月会の成功に結びつけている。
②子供と非農家が参加できるナイター運動会の実施。
③盆の帰省者を含めたソフトボール大会の実施。
④玖珠町最大のイベント日本童話祭を伐株山頂での新設(小さな動物園、もちつきやタコあげ大会、踊りコーナー等で五百人のチビッコ達が参加する行事)
⑤ジャンボこいのぼり(長さ七十六m、重さ五百kg)をあげ、子供達に夢を与えており、テレビにも紹介され、町のピーアールにもなっている。
⑥昭和五十八年に中学生によって、伐株山に八百本の桜の木が植えられている(成人し、この町を出ることになっても、一度は桜を見にきたいというふるさと愛を育てる)
⑦伝統行事と新しい行事を取り入れながら、心のふれあう暖かい地区づくりに歩一歩前進している。
2・健康で住みよい環境づくり
健康で住みよい地区づくりをめざし、集落座談会や生活環境の点検活動と現地調査などが行われました。
①農業排水におけるゴミ問題が生ずるが、話し合いによって、ゴミを出さない運動や簡易焼却炉の設置を行っています。
②子供の遊び場がなく、危険性がある-遊び場が共同作業によって、地区内二ヶ所に設置された(資料重機等は、すべて奉仕)
③笹ケ原集落は二十四戸中二十一戸が有畜農家であり広場には、長年の念願であった牛魂碑が建立され、削蹄や体重測定施設もある。
④地区外の人々にも地区づくりをわかりやすく知らしめるため、全員の労働奉仕で地区内二十ケ所に集落標識を立てる。
⑤伐株山を愛する心で里づくり、よい村を次の世代にと村づくりの声がかけ合われている。
3、生きがいのもてる農業の確立
村づくりの目標は、暮しのふれあいの中から生まれた連帯や活力をどのように農業振興に結びつけていくか。だと思われます。玖珠町の一戸当りの耕地面積は九十四アール(大里村は六十アール)である。中核的農業地帯である山田西区は、うまい米づくりと肉用牛の主産地として形成されてきました。その結果米では県の優良原種供給地となっており、自主流通米で百%、県全体の二十五%を占める主産地です。
うまい米づくりは陰干しと土づくりです。ほぼ百%がバインダーで刈り取りされ、推肥組合を設立し、地力の向上が図られ、五十九年度の単収は地区平均で五百二十kgで、中には五百八十kgの単収をあげている集落もある。
また、中核農家の規模拡大を図るため農地の流動化にも力が入れられ、現在、水田面積の二十九%が流動化され、更に、基盤整備も五十七年から六十年にかけて、ほぼ全面積が終了しています。
地区では、研牛会や肉用牛婦人部が中心となって、共進会や品評会、堆肥コンクール等を行いながら、品質、量ともに優れた肉用牛の産地化が進められており畜産農家の八十二%がサイロを持ち、完全自給化を目標にイタリヤン、ムギ等飼料作物の栽培にも力を入れています。
4・スクラムの組める住民づくり
山田西区のような混住地域では、いかに非農家との意志の疎通を図り、農業への理解を深めることが村づくりのポイントになっています。
始めに、地区行事への参加呼びかけ、自衛隊アパートでの週二回朝市の開催一坪農園での野菜栽培指導が行われ、ふれあいは深まり非農家からの援農もみられます。
このような村づくりの活動は、現在「あすの山田西区を考える会」を中心に実施され、青・壮年、婦人会、子供会、高齢者等の代表の他、自治会の代表、その他若妻会や大正会、昭和会等二十四もの生活、生産組織があり、活動が進められています。"自分達の村は、そこに住む自分達で興していくという姿勢に基づいた村づくり、混住化の中における非農家との融和のとれた村づくり、次代を担う子供達を主役にした、子供を愛することを核とした村づくり、地域のふれあい、農業生産、生活環境整備、人づくりという総合的な村づくり"を基本に進められました。
以上のような活動の成果が認められ、山田西区は、昭和五十九年十一月二十一日、村づくりの部で天皇杯を受賞した訳です。
(次号は、玖珠町農協の吉四六漬などについて紹介します。)
| ダウンロード | https://drive.google.com/file/d/1aNWGz_O5lncqXOo0gD3OuUsBJGnrfWkZ/view?usp=drive_link |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008460 |
| 内容コード | G000000929-0002 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第97号 |
| ページ | 2-3 |
| 年代区分 | 1980年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 1986/08/01 |
| 公開日 | ー |