沖縄本島では、旧歴の五月にイニシチュマ(稲穂祭)六月ウマチー(稲の大祭)を行なうのが一般的である。その村を所轄している祭主のノロは、まず、その村の御獄を祭り、それから殿と称する祠を拝むのが習わしであった。
ところが、稲嶺では六月のウマチーはあるが、五月のイニシチュマの殿拝みをする儀式が見られなかった。
これについて、古老の言い伝えによると、ある事件を契機にその儀礼行事が断絶したのだという。
昔、稲嶺を管轄しているノロに、非常に顔の美しい女がいた。稲嶺の近くに富盛城があり、城主を伊茶謝按司といったが、容顔美麗な稲嶺のノロに恋慕していた。ノロは、神に任える身なので、貞節を守って按司の密通をしりぞけ通していた。
按司は望みかなわず心を焦がしている時、その機会がきた。五月の稲穂祭りが近づいてきたので、ノロは寒水川という所で神衣を洗濯し、それを干していた。
その場所が按司の城に近い所だったうえ、神衣が白衣だったのですぐに按司の目にとまった。按司は不審に思って、臣下を遣わしてみたところ「美人ノロが神衣を洗い干しています。と報告した。恋に狂った按司は「本望を遂げるのは今だ」と思い、急ぎそこに行って日頃の思いを述べ、「もし聞かなけれは殺す。」と脅迫した。
女の弱さ、威勢に押され按司に連れられて富盛城に引きこもった。それ以後、五月の祭りも行なわず、殿回りという儀礼行事もとり止めたので、それきり稲嶺では、五月の殿回りの儀礼行事は断絶したとの事である。
(この民話・伝説は59年の大里中学校三年一組の生徒がまとめたものです。)
さしえ:東恩納寛朝先生(大里中学校)
※今回をもちましてこの民話・伝説は、一応終了致します。大里中学校の東恩納寛朝先生の御高誼に対しお礼申し上げます。長い間ありがとうごさいました。
| ダウンロード | https://drive.google.com/file/d/1sCVj_0l5RaJU6lEEYU1-f_pFA2lkUAK4/view?usp=drive_link |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008460 |
| 内容コード | G000000927-0014 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第95号 |
| ページ | 8 |
| 年代区分 | 1980年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 1986/06/01 |
| 公開日 | ー |