昭和三十九年第十八回オリンピック東京大会の成積は、吉川選手がローマ大会に引き続きフリーピストルで三位、スモールボア・ライフル伏射六十発競技で当時明治大学在中の林崎選手が六位に入償した。東京オリンピック開催中に話し合われたアジア射撃連合の設立について、昭和四十一年バンコックで催された第五回アジア大会の際、第一回アジア選手権大会を日本で開くことを決定し、昭和四十二年七月朝霞射撃場で行われ、第二回大会は昭和四十六年韓国ソウル市で開かれた。
第二回アジア射撃選手権大会で特筆すべきことは、女子競技が行われ立射四十発競技に長崎北高中崎選手が優勝したことである。
国際射撃競技の統かつは、現在西独・ミュンヘンにある国際射撃連合(インターナショナル・シューテイング・ユニオンISU)が行っている。わが国射撃競技の諸規則は、この連合制定の規則に準じているのである。
日本の射撃競技会は、二団体にわかれ、散弾銃を使うクレー射撃は、社団法人日本射撃協会に、一般、学生を主体としたライフル射撃およびピストル射撃競技は、社団法人日本ライフル射撃協会にそれぞれ属している。ライフル射撃競技の主なものは、フリーライフル・三百メートル・百二十発、三姿勢競技・スモールボア・ライフル・五十メートルには、百二十発および六十発の三姿勢競技・伏射六十発競技がある。
※次回からライフル射撃競技の種類と解説を掲載。