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海邦国体に照準③ ライフル射撃 競技とは

昭和五十八年の第三十七回世界選手権大会(モスコー)に日本選手団は、団体競技でフリーピストル五位ラピッドファイアピストル七位、センターファイアピストル八位、個人では上田選手が七位となった。昭和三十五年の第十七回オリンピック大会(ローマ)では吉川選手がフリーピストルで三位となり待望の日章旗をあげ、又スモールボア・ライフル伏射六十発競技で猪熊選手が六位に入賞した。
昭和三十七年第三十八回世界選手権大会(カイロ)では、団体競技でフリーピストル六位、ラピッドファイアピストル十一日、個人では吉川選手がフリーピストルで二位という成績をあげている。同年八月の第四回アジア大会(ジャカルタ)では、石井選手がスモールボア・ライフル三姿勢で、フリーピストルで吉川選手、ラピッドファイアピストルで了泉庵選手がそれぞれ優勝、スモールボア・ライフル伏射六十発競技で赤川選手が二位に入賞した。
第三十八回世界選手権大会と同時に開催された国際射撃連合の総会で、我が国が提案したエア・ライフルの国際ルールをつくることが可決され、昭和四十一年七月の第三十九回世界選手権大会(ヴイエスバーデン西独)から正式種目(スタンダードエア・ライフル、立射四十発競技)となり、我が国も団体として参加した。

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大分類 テキスト
資料コード 008460
内容コード G000000912-0007
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと 第80号
ページ 5
年代区分 1980年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 1984/10/31
公開日