我が国のライフル射撃競技が、スポーツとして出発したのは、大正十三年の第一回関東学生射撃大会である。当時、明治大学の学生であった師尾源蔵氏(故社団法人日本ライフル射撃協会名誉会長)が主唱した。
この大会を契機として、学生射撃連盟は創立し、全国的統一団体として財団法人日本射撃協会の設立に発展した。戦後日本ライフル射撃協会と改称。昭和四十六年九月社団法人日本ライフル射撃協会となり、今日に至っている。
国際競技に関しては昭和二十六年国際射撃連合に復帰し、昭和二十七年第十五回オリンピック大会(ヘルシンキ)および第三十五回世界選手権大会(オスロー)にはじめて選手団を派遣した。昭和二十九年第二回アジア大会(マニラ)に選手団を送りピストルで優勝している。
昭和三十一年の第十六回オリンピック大会では、フリーピストルで保坂選手が四位に入賞し、我が国でのピストル射撃競技の基礎をつくった。昭和三十三年五月我が国で開かれた第三回アジア大会では、参加二十一か国中、我が国は、フリーライフルで三位、スモールボア・ライフルとピストルに優勝した。またオープン競技としてのエア・ライフル競技では日本は二位になった。
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| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008460 |
| 内容コード | G000000911-0004 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第79号 |
| ページ | 3 |
| 年代区分 | 1980年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 1984/09/30 |
| 公開日 | ー |