土地改良地で、遺骨が収集されたので、村では、おごそかに供養の式をとり行いました。
現在、土地改良をすすめている字嶺井新垣原(防空壕跡)から遺骨、遺品多数収集されました。
遺骨 四、五体
遺品 水とう、はんごう、防毒マスク、靴、銃、短刀、軍剣、インクビン、万年筆、鉛筆、懐中時計、鏡、測量器(水手)印鑑(柳川、池田、堀)
遺骨が発見された場所は、戦争中防空壕になっていて、地元の人の話では、そこには、二十七、八人が避難し、空襲によって全員が亡くなったらしいとのことである。
村では、福祉課を中心に職員で洗骨、遺品を洗浄して、県に引き渡した。
談話=洗骨、洗浄しながら、大戦に参加した人の言=「食べる物がなくて、死んだ人の靴を強く煮ると柔らかくなる。それを奪い合って食べたものだ。」
「負傷をして、生きながらにして傷口にウジがわいているのを見るに忍びなかった。」
「死んだ母の乳にすがっている乳呑み児を空襲で逃げる途中発見したが、なす術がなかった。」
| ダウンロード | https://drive.google.com/file/d/1_YGdQqMMd7gIYzLY9uRx4i_l9PkDEpej/view?usp=drive_link |
|---|---|
| 大分類 | テキスト |
| 資料コード | 008459 |
| 内容コード | G000000885-0009 |
| 資料群 | 旧大里村広報 |
| 資料グループ | 広報おおざと 第53号 |
| ページ | 6 |
| 年代区分 | 1980年代 |
| キーワード | 役所・役場行政広報 |
| 場所 | 大里 |
| 発行年月日 | 1981/09/07 |
| 公開日 | ー |