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9月15日は敬老の日です 人生に定年なし お年寄りの生きがいを考える

9月15日は
敬老の日
いま、百人のうち九人が六十五歳以上のお年寄り-これが三十四年後の昭和九十年には十八人と二倍に増えると予測されています。
三十四年後に六十五歳になる人、つまりお年寄りの仲間入りをするのは、いま働き盛りの三十一歳。よく言われる高齢者問題というのは、なにもお年寄りだけの問題ではなく、若い人たちのやがて直面しなければならないテーマであり、そして社会全体の課題でもあるのです。
同時に、わが国人口の高齢化は、諸外国に例を見ないテンポと規模で進むことも、あわせて考えておかなければならない問題です。
九月十五日は「敬老の日」また、この日から一週間は「老人福祉週間」です。人生に定年なし-この機会に老人の生きがいとは、よき老後とはについて考えてみました。

「思いやり」が生きがいを奪うことも…
-ある家庭での話です。
「畑仕事を続けたい。ツルがもう一メートルにも伸びた。いま手入れをしないと、いいカボチャができない」
おじいさんは、畑仕事が唯一の楽しみでした。近くの農家から借りた、狭いながらも"自分の畑"に通い、四季折々の野菜づくりにいそしむことに日々の喜びを感じていました。娘夫婦と三人の孫にいつも新鮮な野菜を食べさせたい-これがおじいさんのなによりの生きがいだったのです。
ところが、ある日、娘さんから「少しは体のことも考えてください」と、野菜づくりを禁じられてしまいました。娘さんにしてみれば、おじいさんが、畑仕事には直接ひびかないものの軽い腰痛を訴え、それに下痢ぎみだったことから、しばらくのんびりしてもらおうと考えてのことでした。
この日以後、おじいさんは部屋に引きこもりがちになり、その上、悪いことに生来の持病まで再発してしまったそうです。
-これは極端な例かもしれませんが、この話には、わたしたちが高齢者問題を考える上での貴重な教訓が含まれています。「お年寄りに対する思いやり」が逆に「生きがいを奪う」結果を招く場合が、往々にしてあるということです。
総理府が行った「高齢化問題に関する世論調査」(昭和五十五年十月)によりますと、『老後はどのようなことを境に始まるか』に対する主な回答は、次のようになっています。
体の自由がきかない時 30%
仕事をやめた時 23%
年金をもらう時 21%
これを男性だけについてみますと「仕事をやめた時」が三八%でトップを占め、一般に言われる"定年後グッとふけこむ"ということが、なるほどとうなずけます。つまり「意欲を失うことが老化を速めているといっていいでしょう。
お年寄りの生きがいを考えるとき、わたしたちが心したいのは「積極的に生きようとする意欲を奪ってはならない」-れが基本です。人生には定年がないのですから。

熟年
「老いる」のではなく「熟す」のです
よき老後とは-。
「まずは健康で、暮らしに困らなくて、グチを言わなくてすむ生きがいのある生活が送れること」と、だれもが口をそろえます。衣・食・住だけでなく、医・職それにプラス生きがいが保証された暮らしこそ、よき老後ということになります。経済面での安定と丈夫な体そして生きがい-お年寄りが自立するためには、この三つが不可欠といえるでしょう。
総理府統計局の「老年人口の現況」(昭和五十五年)によりますと、六十五歳以上のお年寄りが"職に就きたい"と思う理由としてあげているのは、次のようなものです
生活をより豊かにしたい 29%
生活費を得たい 17%
余暇ができた 14%
知識や技能を生かしたい 8%
こうした回答からもわかるように、職を求めることによって日々の生活を充実させ、これまでに身につけた知識や技術を社会に役立てたいという積極的な意欲がうかがえます。
熟年-「老いる」のではなく「熟す」。この言葉が、お年寄りの心境を端的に物語っていると言えないでしょうか。

ダウンロード https://drive.google.com/file/d/1_YGdQqMMd7gIYzLY9uRx4i_l9PkDEpej/view?usp=drive_link
大分類 テキスト
資料コード 008459
内容コード G000000885-0006
資料群 旧大里村広報
資料グループ 広報おおざと 第53号
ページ 4
年代区分 1980年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 1981/09/07
公開日