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青少年の健全育成にみんなでつとめよう 社会教育主事 比嘉善一

青少年の非行問題が日々上昇の一途を迫り、新聞を開いて、すぐ目につくことの多くは、非行の状況である。しかもその犯罪は戦前とその様態を異にしており、暴行刺傷事件、強盗と多種多様である。
戦前においては犯罪といっても、せいぜい、ケンカや盗みぐらいであり、ケンカと云っても手でなぐり合ったり、石を投げ合ったりしたような程度のものが多かったのである。しかも最近は、集団的で計画的が多いその内容も大人顔負けの犯行であり、年と共に低年化の傾向にある。
それにその様な非行児の多くが、欠損家庭にあるのでなく両親健在の、しかも中流以上の家庭に多く見られるということは注目すべき現象であり、そのような様相が大里にも日々増える傾向にあることを私たちは見逃がしてはならないと思うのであります。吾々大人が非行問題を話し合うときに「刑が軽すぎる」とか「もっと厳罪に処するべきだとか」「学校での体罪をきびしくすべきだとか」というように何か非行の責任が自分にはなく、他にあるような活し合いが成されているような感じがしないでもない。青少年だけが悪くて大人には責任のないような感である。
責少年は、吾々大人の中で育てられて米たのでありその大人によってつくられた社会の中から、非行な青少。年を出したことは、大人の責任でありその問題を広くとりあげて、対策に乗り出すことは、当然のことであると思うのであります。
大里村においては七月三十一日に大里村青少年健全育成協議会の総会をもって、村民各種機関や民主団体が一体となって、その対策に乗り出す決意をされた事は大いに意義あることであり、今こそ全村民が相呼応して非行の防止と健全育成に誠意をもって立ち上がる時期が来たのだと思うのであります。
しからば、どの様なことが非行の要因をなしているのかを考えてみると
▲第一に家庭生活(家庭教育)に問題がある。
家庭は大人にとっても、青少年にとっても心の安まれる場であり、他の何からも左右されずに安定性のもてる場であり城のようなものだと思うのであります。
それが家庭の機能と思うのでありますが、その機能が充分生かされていない所に問題点があると思います。
更に最近の青少年の非行行為や犯罪者の多くが中流以上の家庭の子供であることからしても、経済的に貧困が理由でなく、親と子の心のつながるパイプが充分通されていない事も見逃せない事実であると思う。
▲第二に社会環境が犯罪や非行を、青少年におこさせるような状況にあるということであります。テレビや映画雑誌類等のいわゆるマスコミによる悪影響、あるいは流行歌をはじめ、まちまちの大通りに立ち並ぶ映画館の宣伝ポスター、パチンコ店飲食店などから流れる刺戟ムードなど、とり上げれば目や耳をそむけたくなるような環境を見逃がすわけにはいかないと思うのであります。
バーやパチンコ店がたち並ぶ半面文化的な健全な娯楽センターは皆無にひとしいのであります。
▲第三に青少年に対する大人の理解認識の足りなさもあげられると思うのであります。
何か少しでも問題を引きおこすと、すぐに白眼視して自分の子を近寄らせないようにとか、あまりその子と話させないようにとか、といって必要以上にさけようとして、その子を段々孤独においやり犯罪を誘発させているのでないでしょうか、大人もその子をあたたかく見守るというより、蔭口を云い合っているのではないでしょうか。
▲第四に社会道徳、社会性の欠除が原因である。家庭、学校、社会生活をとおして習得すべきはずの集団生活に対する集団の一員としての、あるいは、社会生活に対する社会人としての道徳、秩序、社会性が欠除しているということである。それは、家庭教育、学校教育、社会教育の三つの柱がアンバランスであって特に社会教育の手が浸透不十分であることと、家庭教育、学校教育がともに教科中心、知識中心の教育に陥っている一面の幣をもあげたい。
さてこのような要因に対して一体どう対処すればよいだろうか、それを述べてみたい。
一 家庭教育を浸透させて家庭生活の充実をはかることである。
個人はもとより社会集団の根底を培うものは家庭教育であり家庭生活であるという事実に立ってことば使いや、あいさつ、時間を正しく守る規則、規律などの生活態度の訓練は幼児から家庭教育の分野として明確に位置づけその実践の指導を推進することである。
更に心と心で通じる家族関係を基盤にした躾けや、訓練の推進が先ず大切である。この基盤に立って現在毎月第一日曜口を家庭の日として定められておりそれを令戸に浸透させ、家庭の日の中で、親子の話し合う時間、理解し合う機会をもってもらいたいと思うのであります。
二 第二は社会環境の浄化をはかり、社会施設の強化をはかる運動を強力に推することである。
ただいまは、村婦人会によっては、環境浄化の計画が四〇年の計画によって着々と進められており、その将来を大いに期待するものであるが、しかし、婦人会だけでできるものでなく、全村民が、各区において、各区の有地を利用して健全な運動ができる場や、施設をやってあげることである。勿論、これには相当な困難な点もあろうがしかし真険になって配慮していかねばならない問題だと思うのである。経済的な理由や労力の理由で問題も多いと思うけれども、将来をになう子供たちの育成であり、健全な子供の育成を目指して、こそ、吾々の働き甲斐もあると思うと何かの目安はできるものと思う。
それに環境とは施設だけに限らず、一人一人の子供たちが各区において、知能の差に関係なく、親しく遊べる、機会を作ってやることも大切だと思う、その意味での、スポーツ少年団の結成は今後、各区に結成してふらい、是非活動を持続させたいものである。
三 教育隣組を結成してその隣組の中で子供の問題を真険に話し合う機会をつくることである。
教育隣組を結成し、互いに相いまじえ、励まし合って組織による秩序の中で子供たちは磨いていくということである。大里においては嶺井区の教育隣組活動が活発であり、組織を通しての活動によって非行児の補導や、健全育成を果たしていることは絶讃すべき事だと思うのである。
この様な隣組の組織活動においては他の子も吾が子もみんなの責任において育て合うことができるのであり陰口をしたり白眼視する状態でないであろう。第一親同志の親密度が増してきて、互に注意し合い注意されても、喜んで聞き入れるだけの寞容がやしなわれていくものと思う。
四 社会道徳、社会性の育成が青少年を健全に育成進する。
社会生活は集団生活である、もちろん家庭生活も学校生活も一つの集団生活である。しかしこれらは集団の中で個々の知識や技術や態度を、個人のものとして身につけていくのである。そこで集団、生活を通し社会生活を通して身につける社会道徳や社会性はやはり、学校生活や家庭生活以外の社会生活の中で、しかも家庭教育や、学校教育と並行して幼児から指導し体得させて身にっけさせることが大切であると思う。
そのために青少年の校外活動としての子供会やスポーツ少年団は大いに意義があり、どの子供も必ず人団するように結成したいものである。その中で集団の中の一人しての自覚や、責任、義務を養い、どんな誘惑にも、さそわれない意志の強さを、養いたいものである。
以上、私は、いくつのか問題と対策をのべてきたがその推進としての対策は活動の一部であってこれが健全育成活動のすべてではない。今日村の育成協として活動していこうとして、とりあげられた組織は下部の教育隣組活動にまで広げて考えたことは、真に村民の一人々々がその必要性を認識してもらい永年にわたって育成活動を推進していって貰いたいという考えからであり、又、この活動は当然身近かな仲問たちの力の結集で推進していきたいものである。
このような育成活動には、教育隣組をはじめとする。あらゆる社会教育、組織教育を通しての活動が必要であり、更に人間個々の社会性を高めることである。この社会性とは、人間と人間の心の正しいふれ合いと暖かいふれ合いである、青少年がより多くの人々の心の正しい結びつきをし暖かいふれ合いができる場を大人の人が、青少年に与えるよう活動することこそ、青少年を健全育成する決め手であろう。どうか村民の皆さん、今こそ奮起して将来の村を背って立つ子供だもの育成に立ち上がろうではありませんか。

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大分類 テキスト
資料コード 008459
内容コード G000000845-0006
資料群 旧大里村広報
資料グループ 役所便り大里村 第7号
ページ 2
年代区分 1960年代
キーワード 役所・役場行政広報
場所 大里
発行年月日 1967/08/01
公開日