青少年の声中学生の部県知事賞
深夜はいかい~共に考えよう~
佐敷中3年 仲間美月
あなたの寝る時間は決まっていますか。あなたは深夜の街を見た事があるでしょうか。
ある日、泊まりがけで祖母の家へ出かけた時のことです。タ食を消ませて、那覇へ向かった私たち家族は、その時、普段知ることのできない光景を目にしました。
「えっ、今何時?」と思わす時計を見直してしまうほど、明るくにぎやかな街がありました。そして、そのにぎやかな明かりの中では、実に楽しそうな風景が繰り広げられ、いつまでも遊んでいたいという衝動にかられます。中には、未成年者だと思われる人達もたくさんいました。私と同年代ぐらいの男女がいくつものグループになって、夜の街を歩いていたのです。
もちろん、そこには保護者の姿はありませんでした。
今、沖縄の青少年は深夜はいかいが多いそうです。また、青少年の問題行動や事件事故等は、深夜に約70%発生している状況だと聞きました。
その人たちは、どこにも自分の居場所がなかったのでしょうか。さがしてくれる家族はいなかったのでしょうか。深夜、街を出歩いても、心配してくれる人も、しかってくれる人もなく、さみしかったと思います。
しかも、街を出歩いている青少年に、家に帰る様にうながす大人は少なく、その大人自身でさえ、深夜まで飲んだり、遊んだりして、社会の模範になる事ができていません。夜の街では、大人も子供もそれぞれがバラバラに生きているように見えました。
また、現在の社会状況として、塾などが終わった後、周辺をうろうろしている人もたくさんいます。
そうしたいろいろな社会問題から、青少年の深夜はいかい、そして事件事故につながっていくのです。
「一度くらいなら…」と興味本意で行動すると、必ずと言っていいほど、悪い結果を招きます。そして、一度やって楽しい事は、二度三度と繰り返し、止められなくなってしまうのです。でも、良く考えてみて下さい。深夜の街には、かなりの危険が待ち受けているのです。最悪の場合、家族や友達を泣かせる結果にもなりかねません。そして何よりも自分自身が傷つくのです。そういう事を防ぐためにも、「自分の子じゃないから」とか、自分は大丈夫」などという気持ちは捨て、現状を良い方向に向かせる努力が必要だと思います。
周りの大人のちょっとした努力で、本人の気持ちをガラッと変えてしまう事もできるはずです。大人と子供が本音で話し合う事によって、心のさびしさを深夜の街でまぎらわすのではなく、家庭に求めることができるのではないでしょうか。
大人が今できる事、そして私達子供が今守れる事、それぞれの立場で互いに関心をよせあい、「規則を守る」という意味を、真剣に考えていきたいと思っています。
大人と子供、一人一人の自立によって、育てあい高めあう社会が見えてくるのではないでしょうか。
佐敷町少年の主張大会島尻地区少年の主張大会最優秀賞
中国語に夢をはせて
佐敷中3年 田島亜由美
人口約12億人、国土は日本の約25倍、4千年という歴史もつ中国。日本と深い関わりがあり、又、沖縄は琉球王朝時代、中国との貿易で栄えました
幼い頃から中国にあこがれていた私が中国語を本格的に勉強したのは、今年の4月頃からです。それ以前から中国語を勉強したいと思っていたのですが、もともと、勉強嫌いの私はそのうち、そのうちと勉強せずにいました。
そんなおり、那覇で中国博覧会があり、そのゲストとして、南京市少年宮より、5人の少年少女が中国古典楽器を演奏しに来沖しました。中国の方と接する機会は滅多にあるものではありません。私は喜んで彼らに会いに出かけました。
彼らと友達になれた私は、筆談で自己紹介をしました。しかし、私は筆談ではなく、中国語を通して彼らと会話したかったと今でも思います。もっとまじめに勉強しておけばよかったと悔やみましたが、中国博覧会で知り会ったおじさんが、NHKの中国語講座で学べば、きっと上達すると教えてくれました。今はその講座で一生懸命、勉強にはげんでいます。あの時、中国博覧会で知り会ったおじさんに今でも感謝しています。中国博覧会は私の根性に喝を入れてくれました。
さらに3月9日、中国の古典芸能、京劇を観る機会に恵まれました。京劇は日本でいう歌舞伎の様なものなのですが、スケールは圧倒的に違います。本や写真で見たよりもすごく、まばたきするのがもったいないくらいでした。劇が終わると、舞台まで走って、王さんという役者さんと握手してきました。「很好很好」と興奮して言う私に「謝謝」とニッコリ笑って返してくれました。その時の感動といったらありません。今でもあの時の王さんの笑顔が目に浮かびます。
その日の夜はなかなか眠りにつけませんでした。布団の中で私は、もっと中国語を勉強したい、もっとたくさんの人たちと友達になりたいと考えていました。中国語をマスターした自分の姿を想像して、将来は中国へ行くぞ、自分が日中友好のかけ橋になるんだと考えて眠りにつきました。その日から数か月、私は成長したでしょうか。
中国語を勉強しているとおもしろい事がたくさん分かります。その反面、大変な事もたくさんあります。漢字の意昧が違ったり、日本語とは逆の意味を持ってたり、画数の多い字が改正され、簡体字という文字を使っていて、日本とは別の漢字を覚えなければならないし、日本語では余り気にしない発音も、中国語ではとても大切です。「母さん」と呼びたくても発音を間違えば、「馬」や「麻」という意味になったりします。しかも中国語講座は夜の11時35分から55分までで、寝不足になり、授業中眠ってしまう事もあります。
そんな苦労も、中国語を覚えるとすぐ消えていきます。苦労した以上に感動や喜びが返ってきます。
それに中国語を話せるようになると、約12億人という人々と会話を持つことができます。それを思えば今の苦労なんて大した事ではありません。
今、私は目標に向かって頑張っています。
ダウンロード | https://docs.google.com/uc?export=download&id=15XdHu-4PsJgMITZl6l97ShQuIMTDisl- |
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大分類 | テキスト |
資料コード | 008452 |
内容コード | G000000736-0010 |
資料群 | 旧佐敷町(佐敷村)広報 |
資料グループ | 広報さしき 第268号(1999年11月) |
ページ | 6-7 |
年代区分 | 1990年代 |
キーワード | 広報 |
場所 | 佐敷 |
発行年月日 | 1999/11/10 |
公開日 | 2023/12/14 |