私の将来の夢
佐敷中学校2年 東恩納理子
What is your dream in the future?
将来何になりたいの、と聞かれたら、英語の先生になること、あるいは、英語関係の仕事に就きたいです、と応えます。
以前の私は、看護婦さんやお菓子屋さん、ケーキ屋さんなど、目に華やかに映る職業や食べ物に関する職業が好きだったようです。理由は単純で、今考えてみるとおかしくなる話です。
私が今の夢を抱くようになったのは、次のような英語との出会いがあったからです。
私の姉は現在、大阪の外国語大学に在学していますが、高校3年生の時、奨学資金を得て、アメリカインディアナ州のフェアフィールド高校に1年間留学する機会がありました。姉は英文がすらすら書け、臆することもなく、外国人と流ちょうに話をします。身近の姉なのに、なぜこんなに会話ができるんだろう、私は不思議で不思議でたまりませんでした。日本に生まれ、ごく普通に日本語の中で生きてきた姉がそうなるまでには、そうとうな努力があったと思いますが、その頃の私には、そういうことを察することなど全くなく、ただすごいという思いでいっぱいでした。
現在姉は、諸外国に友達がたくさんいて手紙でやりとりをしています。
そしてその年、アメリカコネチカット州からクリスティンという女子高校3年生が、我が家ヘホームステイにやってくることになり外国人と暮らす40日間に、期待感でいっぱいでした。生活習慣が違ったり、逆に同じだったりで、彼女と暮らす日々は、私に新鮮な驚きをもたらしました。もちろん、本格的に英語の学習をしたことのない私は、すらすら話せるわけではなく、単語や身ぶりで会話をしました。
また基地に、兄の恩師で知り合った、アメリカ人の家族がいて、親しく交流を続けています。姉が電話をする時、私も代わってもらいます。うまく話せませんが、勇気を出して恥ずかしがらずに話すようにしています。カタコトながら、不思議と言いたいことが伝わるようで、そうすると、もっと勉強して英語をすらすら話せるようになりたい、という欲望が湧いてきます。
そして中学校へ入学し、英語の教科との出会いがありました。最初は、読むことも発音もうまくできず、あせりの気持ちが重なりました。しかし私は、何度も何度も読み練習をしました。何とか読めるようになり、発音も英語らしくなったと思います。しかし、日本語にない発音が多く、今でも難しく思います。
このような環境や英語の学習を通して、自分でもやればできるんだという、自信らしいものがつきました。英語の授業もとても楽しいです。
英語を上達させるための近道は、まず恥ずかしがらず積極的に話すことと言われています。私はどちらかというと消極的な方なので失敗をおそれず、積極的に話すようにしています。
夢を実現させるため、努力も怠りません。
まず、中学入学以来、欠かしたことのないことは、ラジオ講座を聞くことです。内容は会話形式で、単語や熟語など難しいのもありますが、理解に努めています。
もちろん予習、復習、本読みは毎日行っています。姉も「一つ一つの単語を覚えるのではなく、文章で理解しなさい」とアドバイスしてくれます。父には「お姉ちゃんが中2の頃に比べると、文章力はほとんど差がないと思うが、会話力はちょっと劣るから、もっと積極的に英語の先生や外人の先生に話しかけるようにしなさい」と言われます。その時は悔しかったけど、それをばねに、もっと勉強しなくてはいけないとの思いを強くしました。
英語は、国際共通語としても通用します。
夢を実現できるよう、これからも力を入れて頑張っていこうと思います。